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風のゆくえには~ あいじょうのかたち1(浩介視点)

2015年05月26日 09時30分56秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

「それが、天使みたいなお医者さんだったのー!」

 職員室の扉を開けた途端、飛び込んできた甲高い声に足を止めた。
 声の主は、職員室の端にある応接スペースにいる女の子。ピンクの髪の毛が揺れている。

「歳は30前半くらいかなあ。キラキラしてて芸能人みたいなのー」
「へえ。そんなイケメンのお医者さんなら診てもらいたいわねえ」

 話し相手である圭子先生がニコニコと肯いている。

(天使みたいな医者……)

 うちにも天使みたいな医者がいるので、ついつい反応してしまったけれど、30前半というなら違うだろう。うちの天使はあと3ヶ月で41だ。

 関係ないな……と思いながら自分のデスクにつき、次の時間の用意をはじめたところで、また手を止めてしまった。

「名字が駅名でね、あたしの名字と同じ路線なの! 次の次の駅。運命感じちゃった~」
「30前半ってご結婚とかされてないのかしらね」
「んー指輪してなかったからたぶん。今度行った時に聞いてみる!」

 名字が駅名? うちの天使の名字、思いっきり駅名なんだけど……。まさかな……。

 そのピンク頭の子は、ひとしきりはしゃいで騒いで帰って行った。小柄で小動物チックな子だった。ひらひらのたくさんついたスカートが揺れていた。
 カップを片づけている圭子先生に尋ねてみる。

「今の子は……?」
「ああ、浩介先生は初めてでしたっけ?」

 みんなのお母さん、と呼ばれている圭子先生が、その癒しスマイルで答えてくれる。

「去年までうちに通っていた子でね。時々遊びにくるのよ」
「あの……名前は?」

 若干どきどきしながら聞く。圭子先生ニコニコのまま、

「じゅりあちゃん。樹木の樹に理科の理に亜細亜の亜、で樹理亜ちゃん。目黒樹理亜ちゃんよ」
「………目黒」

 目黒……確か、山手線と目蒲線……じゃない、今は目黒線か。あと南北線と三田線だったかな……。
 山手線だとすると、外回り……目黒の次は恵比寿、次は、渋谷。……うちの天使の名前は、渋谷慶。

(まさかね……)

 ないない、と思いながらも不安になってきた。帰ったら速攻で確認しよう。


***


「目黒樹理亜? ……ああ、ピンクの頭の子?」
「………………」

 …………げ。

「ホントに慶だったんだ……」
「あ? 何? お前、知り合い?」
「あー……去年うちの学校通ってた子らしくて、今日遊びにきてて」
「ふーん?」

 再びパソコンの画面に目を戻す慶。

「慶、診察したんでしょ? あの子、子供じゃないのに、なんで?」

 慶は日本を離れてからの約8年間は必要にかられて色々やっていたけれど、日本にいた時はもともと小児科を専門にしていた。先月末帰国して、今月から働きはじめた病院では、また小児科配属になったと聞いている。でも、あの樹理亜って子、19歳らしいんだけど……。

「たまたま診られる人間で手空いてたのがおれしかいなくてな。その子がどうかしたのか?」
「てんしのようなおいしゃさまにうんめいをかんじているそうです」
「はあ?」

 棒読みで言うと、慶が、意味わかんねーと肩をすくめた。この人は昔っから本当に自覚がない。自分がどれだけ人目を惹く容姿をしているのかとか、女どもにこぞって狙われてるのかとか、分かってない。

「30前半、とか言ってたよ。ホント、慶って若く見られるよね」
「うるせえ。ほっとけ」

 慶は若くみられることを気にしている。なめられてしまうそうだ。そして昔っから慶の言葉使いが悪いのは、女顔なのを気にしているせいだと思う。こんなに恵まれた容姿をしていながら不満があるなんて贅沢な話だ。

 慶はブツブツ言いながらまたマウスをカチカチさせはじめた。
 なんだろう? 仕事だったら、たいてい資料やメモするものがまわりに散らばっているのに、何もない、ということは仕事ではないらしい。ただパソコンをみているだけなんて珍しい。

「さっきから何見てるの?」
「あー……」

 後ろから覗き込むと、いきなり左手を掴まれた。今さらながらドキッとしてしまう。

「な、なに……」
「やっぱ、お前の方が指でかいよな……」

 ぐりぐりと左手の薬指を握られる。な、なに……?

「………え。指輪……?」
「ああ」

 慶が再びマウスに手を戻した。カチカチカチと選んでは消している画面には……

「結婚……指輪……」

 シルバーの結婚指輪がいくつもいくつも並べられている。

「ピンキリでどれがいいんだか全然わかんねえ。でもずっと身に着けるものだし、あんま安いのもな」
「え……慶……これ」
「お前、どれがいい?」
「え、え、ええ?!」

 思わず、飛びのいてしまう。

「な、なに? なに? どういうこと?!」
「どういうことって……お前、いらねえ? ならおれだけ買うか……」
「ちょ、ちょっと待って。おかしいでしょそれ」

 なんなんだっっ。

「指輪? 指輪買うの? そ、それは………」

 指輪? 結婚? プロポーズ? え? 何、何、何?!

 頭が混乱してあたふたしていると、慶が眉をよせた。

「なんでそんなに動揺してんだ?」
「動揺て……そりゃ突然そんなこと言われたら……なんでいきなり……」
「ああ」

 軽く肩をすくめる慶。

「峰先生に指輪しろ、っていわれてさ」
「…………へ?」

 峰先生、というのは、慶が日本を離れる前までいた病院の先輩で、今勤めている病院の院長先生だ。親戚の病院を継いだらしい。

「なんか知んねえけど、おれが結婚してるのかどうか聞かれること多いらしくて、答えるの面倒くせえから指輪でもしとけって」
「あ………そういうこと」

 拍子抜けだ。あ、いや、別に特別な意味があると思ったわけでは……

 しばらく妙な沈黙が流れる。

 そんな中で、慶が再び、マウスをカチカチさせながら、ポツリといった。

「まあ、それで……お前とお揃いの指輪つけるのもいいかもな……とか思って」
「………慶」

 うわああ……そ、それは……
 感動のあまり何も言えない。

 慶は画面を見つめたまま、言葉を継いだ。

「お前が嫌なら別に……」
「嫌なわけないでしょっ」

 あわてて後ろからぎゅうううっと抱きしめる。

「ごめん。嬉しすぎて言葉が出なかった」
「嬉しい?」

 腕にぐりぐりとあごを押しつけてくる慶。かわいすぎる。

「そりゃ嬉しいよー結婚指輪だよ?お揃いだよ?嬉しすぎるよー」
「………そっか」

 慶が安心したように息をつく。もう、かわいすぎる。

「なんかあまりにも動揺してるから、嫌なのかと思った」
「嫌じゃない嫌じゃないっ。むしろ慶のほうがそういうの嫌がるかと思ってたのに」
「なんで。別に嫌じゃねえよ。それにおれもこれで色々聞かれることが減るなら一石二鳥だ」

 ……やっぱり色々聞かれてるんだな……。

 見えない敵どもにムカついていると、慶が画面をみながら、んー…と唸った。

「やっぱりこういうのは女性の方が詳しいんだろうな」
「そうだねえ……」
「お前、あかねさんに聞いてみてくんね?」
「あかね?」

 あかねというのは、おれが腹を割って話せる唯一の友人で、今おれたちが住んでいるマンションを貸してくれている大家でもある。
 以前は慶の前では「あかねサン」「浩介先生」と呼び合うようにして、頻繁に会っていることも何となく隠していた。でも、慶と日本を離れて一緒に住むようになったある日、慶に「遠慮するのはやめてくれ」と言われ、それ以来、諸々隠すのはやめることにしたのだ。

「あかねさん、こういうの詳しそうじゃん」
「うん。今電話する!」
「いや、飯食ってからでも…」
「待てなーい。今すぐ電話する」

 速攻であかねに問い合わせると、さすがというかなんというか、銀座の宝飾店で働いている友人がいるので、そこでよければ紹介する、と言われた。

「店頭で説明するの色々面倒でしょ? すぐに奥に通してもらえるよう頼んでおくから」

 こういうことがあるから、ホントあかねには頭が上がらない……。


 さっそく翌日、仕事帰りの慶と待ち合わせして店を訪れた。疎いおれでも名前は聞いたことのある有名な店。

 あかねの友人の坂本さんという女性は、あかねに似た感じのスレンダー美人だった。
 すぐに奥に案内してくれ、そこでパンフレットと実物を見せてくれながら検討開始。
 割引してくれるというので、予定の予算で少々高めのものを購入することができた。

 サイズを測ってもらったら、おれの方が2号大きくて、慶はムッとしていた。慶の小さいコンプレックスはまだまだ健在。いくつになっても気になるものは気になるらしい。

 せっかくなので刻印もいれてもらうことにした。仕上がりは2週間後になるという。

「出会った記念日でも、付き合った記念日でも、指輪を作った日、ということで今日でも?」

 坂本さんに提案され、うーんと唸るおれ達。

 出会った記念日、というのは難しい。きちんと出会ったのは高1の5月なんだけれども、小学生の時にも会っているので、正確には高1の5月は出会った記念日にならない。
 そうなるとやっぱり、付き合った記念日、が妥当だろう。

『1991・12・23 K to K』

 坂本さんが、おれが書類に書いた文字をみて「91年!?」と驚きの声をあげた。

「すごい。お二人、お付き合いはじめて、もう24年目なんですね」
「………」

 言われて思わず顔を見合わせる。

「干支が二周回るのか……」
「干支って」

 慶の変な発想にクスクス笑いながら、坂本さんが書類の処理のため席を外した。
 その隙に。

「………慶」
「ん」

 小さく呼ぶと、慶が左手でパンフレットをめくりながら、右手はテーブルの下のおれの左手とつないでくれた。こういうところが、長い付き合いだなあと思う瞬間だ。言わなくても、してほしいことをすぐに分かってくれる。
 慶の右手に自分の右手も重ね、両手で包み込む。

「干支、三周目も四周目も五周目もずっとずっと一緒にいようね?」
「……何をいまさら。当たり前だろ」

 あきれたように言う慶。当たり前、だって。嬉しくなる。

「指輪、楽しみだね」
「ああ」

 指輪。お揃いの指輪。
 この人はおれのものです。おれはこの人のものです。と証明するもの。
 指輪をするなんて、40年の人生の中で初めてのことだ。


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以上、浩介視点でお送りしました。
浩介は8年9か月ほど、慶は8年3ヶ月ほど、東南アジアのとある国におりましたが、
わけあって、年末に日本に帰ってきました。そのわけはおいおい。

今回の「あいじょうのかたち」が、「風のゆくえには」の時系列的最終作品になると思われる。なんだか寂しい。
まあ穴埋め的にそれ以前の話を書くけど。

次回はピンク頭の樹理ちゃん視点のお話です。


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「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら


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