「静江、お前が金棒引きだったとは、恥を知りなさい」。
「旦那様、お嬢様はお稽古の帰りにたまたま騒ぎに出会しただけで」。
下男が取り繕うも、同心の眉間には皺が寄る。
「旦那、違ぇます。お嬢様は、喧嘩の仲裁をしてくだすったんで」。
金治も静江を庇うが、武家の娘が町屋の揉め事に顔を突っ込むなど、恥と考えるのが通例。同心の怒りは収まりようもなく、静江は、ただ「申し訳ございません」と、俯くのみである。
「早く帰りなさい。後は戻ってからだ」。
言われてみれば、同心と静江の顔は御神徳利。
(八丁堀の娘と火消しの娘と茶屋娘。顔触れに不足はないのだが、これでお開くでは、読売にしても売れそうもないや)。
矢立てを懐に仕舞い込むお紺であったが、そこは読売屋。事の顛末が気になって仕方ない。
皆が去ってから、金次とお町、おえんが潜った油障子をそっと開けて覗き込むのだった。
すると内所から、ところどころではあるが、聞き取れなくはない声がする。
「だからよ、おえん。お前ぇと太助の事は知らなかったのよ。けどよ、太助にゃあ、お町を無理強いして押っ付けた訳じゃねえぜ。太助もお町を嫁さんにしてぇって言ったのよ」。
「そりゃあ、頭の娘だもの。頭に言われて逆らえる訳ないじゃないか」。
「もう、止めてよ。太助さんがおえんさんと言い交わしていたなら、あたしの横恋慕だ。もう良いよ」。
「お町、お前ぇ、本当にそれで良いのかい」。
「だって兄さん仕方ないじゃないか」。
「待っとくれよ。それじゃあ、あたいが悪者じゃないか。あたいだって…あたいだって、好き好んで茶汲み女なんかしているんじゃないさ…だって仕方ないだろう。お父っつあんも、お母さんも死んじまって…」。
おえんらしき嗚咽が聞こえる。
そしてしゃくり上げながらこう言うのだった。
「もう良いよ。お町さん済まなかったねえ。ちょいと悋気を起こしちまったよ」。
要するに二人とも太助という男を諦める事に話が進んでいるようだ。
(なんだ詰まらない)。
お紺が踵を返そうとした時、息を弾ませた若い男が肩越しに「何か用ですかい」と、声を掛けるのだった。
(豆みたいな男だなあ)。
「いえ…何でもありませんよ」。
「何でもねえって、お前ぇさん、覗き込んでたじゃねえですかい」。
「覗き込んでたなんて…、ちょいと火消しの纏を見たかったのさ」。
纏なんかない。纏は自身番に置いてあるのだ。だが、それしか言い訳が見付からない。
お紺は、後ろを振り向かずに小走りに去るのだった。
(もしかしたらあの豆が、太助…)。
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「旦那様、お嬢様はお稽古の帰りにたまたま騒ぎに出会しただけで」。
下男が取り繕うも、同心の眉間には皺が寄る。
「旦那、違ぇます。お嬢様は、喧嘩の仲裁をしてくだすったんで」。
金治も静江を庇うが、武家の娘が町屋の揉め事に顔を突っ込むなど、恥と考えるのが通例。同心の怒りは収まりようもなく、静江は、ただ「申し訳ございません」と、俯くのみである。
「早く帰りなさい。後は戻ってからだ」。
言われてみれば、同心と静江の顔は御神徳利。
(八丁堀の娘と火消しの娘と茶屋娘。顔触れに不足はないのだが、これでお開くでは、読売にしても売れそうもないや)。
矢立てを懐に仕舞い込むお紺であったが、そこは読売屋。事の顛末が気になって仕方ない。
皆が去ってから、金次とお町、おえんが潜った油障子をそっと開けて覗き込むのだった。
すると内所から、ところどころではあるが、聞き取れなくはない声がする。
「だからよ、おえん。お前ぇと太助の事は知らなかったのよ。けどよ、太助にゃあ、お町を無理強いして押っ付けた訳じゃねえぜ。太助もお町を嫁さんにしてぇって言ったのよ」。
「そりゃあ、頭の娘だもの。頭に言われて逆らえる訳ないじゃないか」。
「もう、止めてよ。太助さんがおえんさんと言い交わしていたなら、あたしの横恋慕だ。もう良いよ」。
「お町、お前ぇ、本当にそれで良いのかい」。
「だって兄さん仕方ないじゃないか」。
「待っとくれよ。それじゃあ、あたいが悪者じゃないか。あたいだって…あたいだって、好き好んで茶汲み女なんかしているんじゃないさ…だって仕方ないだろう。お父っつあんも、お母さんも死んじまって…」。
おえんらしき嗚咽が聞こえる。
そしてしゃくり上げながらこう言うのだった。
「もう良いよ。お町さん済まなかったねえ。ちょいと悋気を起こしちまったよ」。
要するに二人とも太助という男を諦める事に話が進んでいるようだ。
(なんだ詰まらない)。
お紺が踵を返そうとした時、息を弾ませた若い男が肩越しに「何か用ですかい」と、声を掛けるのだった。
(豆みたいな男だなあ)。
「いえ…何でもありませんよ」。
「何でもねえって、お前ぇさん、覗き込んでたじゃねえですかい」。
「覗き込んでたなんて…、ちょいと火消しの纏を見たかったのさ」。
纏なんかない。纏は自身番に置いてあるのだ。だが、それしか言い訳が見付からない。
お紺は、後ろを振り向かずに小走りに去るのだった。
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