大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話2

2014年10月22日 | のしゃばりお紺の読売余話
 掴み合いの最中に、八丁堀が駆け付け、二人を自身番に連れて行く。そうすれば、金棒引き立ちは事の顛末を知らず仕舞である。岡っ引きに幾許かの銭を握らせて自身番の様子を聞き出せば良いだけである。
 (これは売れるよ)。 
 ひとりほくそ笑むお紺であった。
 そんなお紺の企み、いや言葉を代えよう。お紺の思惑を裏切るかのごとく、白いまるくげの帯締めが凛とした、ひとりの武家娘が二人の間に割って入ったのだ。
 「お二方供、お止めなさいませ」。
 「誰だい、あんた」。
 おえんの冷えた声が向けられる。
 「先程から様子を伺っておりましたが、そろそろ潮時でございましょう」。
 娘は冷静におえんとお町の顔色を伺う。
 「潮時だって。一体誰が決めるのさ。御武家のお嬢さんは引っ込んでな」。
 おえんの伝法な物言いに眉根を寄せながらも、娘は未だも喰い下がる。
 (可笑白(おかしろ)くなってきたじゃないか。御武家さんまで絡んできたよ)。
 「そうさ。こちとら町屋のもんの話さ。御武家さんには分かりませんさね」。
 お町がおえんに同調するおかしな雲行きとなっていった。
 「失礼致しました。ただ、どなたもお二方の間に割って入られないものですので」。
 「そうかい、だけどね。誰に何を言われようとも、はい、そうですかって引き下がれることじゃないのさ」。
 「差し出がましいのですが、こちら様は先程から器量自慢をなさっておいでですが、それは天分。あちら様のお家も天分。せんも無い話でございましょう」。
 諭すように語る武家娘の横では、下男と思しき年配の男が困惑の表情で「お嬢様」と声を掛けている。
 「ふーん。天分だってえ」。
 おえんが、武家娘の足下から目線を頭まで走らせ、口元を緩ませるのだった。
 「御武家さんなら、御面相に関わりなく、お家ってえもんで縁組み出来るんだろう。だけどね、町屋じゃあそうはいかないんだ。きれえな女が一番なんだよ」。
 今度は武家娘の耳までもが朱を帯びる。
 「お前さん、失礼じゃないか」。
 下男が割って入るが、おえんの口は留まらない。
 「だからさあ、どんな御面相でも、お家が縁組みを決めてくれる御武家様の出る幕じゃないんだよ」。
 その武家娘はお世辞にも奇麗と言い難く、下駄のように張った輪郭に、線のように細い一皮目。鼻と唇がこじんまりとしているところが、未だ救われているが、むしろ気の毒なくらいの顔付きでだった。
 (言い過ぎだ)。
 お紺は懸命に走らせていた筆を止めた。
 「おい、おえん。いい加減にしねえか」。
 お紺の後ろからするりとひとりの男が前に歩み出る。
 おえんとお町の視線が男に注がれた。





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