大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話3

2014年10月25日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「何だい。妹の肩を持とうってえのかい」。
 「そうじゃねえよ。お前ぇとお町がやり合うのは仕方ねえが、こちら様に八つ当たりもいい加減にしねえかって言ってるんでい」。
 男の澄んだ声が、おえんの滑らかな悪口を遮った。と、同時にお紺は、男とお町の顔を見比べるのだった。
 (兄妹で、御面相が逆だったら良かったものを)。
 お町もおえんが言う程不器量ではない。ふくよかな頬に、濃い眉が八の字を描き、鼻も口も大振りな愛嬌のある顔である。反して男は、きりりと引き締まった涼やかな顔立ちであった。
 男の出現と同時に、金棒引きたちの中から、「よっ、金次」と大向こうの声が掛かる。
 「金次さんってえのは…」。
 お紺は隣の金棒引きに尋ねるのだった。
 「三組の火消しの若頭さ」
 (やったあ。町娘同士の喧嘩に武家娘が絡んで、更に二枚目ときた。こりゃあ良い)。
 思わず口元が緩んだお紺。慌てて口元をもぐもぐと元に戻す。
 「お町、おえん。こっから先は中に入ぇってやんな。直に太助も戻るからよ」。
 金次は二人をそう促すと、武家娘に頭を垂れる。
 「どうにも口が悪くって。申し訳ございやせん」。
 「いえ、わたくしの方こそ出過ぎた真似を致しました」。
 「あっしは、は本所・深川南・三組の火消しで金次と申しやす。どうかあっしに免じてお許しくだせぇ」。
 「いえ、わたくしは…」。
 金棒引きたちは、女子同士の掴み合いが見られずに不満顔で、「もう終わりかい」などと口々に声を上げているその時に、漸く岡っ引きと同心が駆け付けたのだった。
 「さあ、仕舞ぇだ。散った、散った」。
 と岡っ引きが十手をちらつかせれば、四方に散るしかない。
 すかさず金次は同心の耳元で「旦那、御足労でござんした。済みやした」と囁きながら袂に幾許かの銭を滑り込ませるのだった。
 「うむ」と、頷く同心の目が止まる。
 「静江。何故このようなところに」。
 視線の先には俯いた先程の武家娘が居る。双方を見比べるお紺。金次も同様であった。
 「父上…」。
 (父上だってぇ)。





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