大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 126

2014年08月01日 | 浜の七福神
 「その方が、手を貸してくれぬと、殿がお困りになられるのじゃ。それに我が領内からは、大森一門も大造替に加わる事が決まっておる」。
 「へえっ。清兵衛もですかい」。
 近江は大森一門の総帥・清兵衛は、甚五郎が京伏見禁裏大工棟・梁遊左法橋与平次の元で修行を積んだ折りの弟弟子であった。
 「甚五郎。この度の大造替を受けねば、真にお訊ね者になってしまうやも知れぬ。まあ、余にとってはそれも構わぬがな」。
 高俊は、領内にて何時まででも匿おう。そう言ってくれている。だが、そんな高俊であればこそ、危うい目に合わせる事は憚られる。渋々ではあるが、甚五郎は膝を打った。
 「へい、承知致しやした」。
 これにて、額に浮かび上がった汗を、漸く脱ぐった所左衛門。大きく溜め息を付いて後、先程から妙に気になる事があると言い出すのだった。
 「して甚五郎。その方の後ろに控えておる、童は何者じゃ」。
 円徹を見た甚五郎。相変わらずのしかめっ面を怪訝に思い、空恍けるのだった。
 「こいつは、あっしの遠縁の子でさ。どうして弟子になりてえってんで、引き取りやしたが、何か」。
 「いや。その方、名を何と申す」。
 甚五郎が座敷に現れた折りから、所左衛門の目には円徹しか写っておらず、言葉を交わしながらも、仕切り円徹に目を配っていたのに甚五郎も気付いていた。
 「へい。徹と言いやす」。
 答えたのは甚五郎である。
 「徹とな。それは真の名であろうか」。
 店人でも職人でも、奉公に上がれば名を変える事はある。所左衛門はそれを訝しがっていた。
 「へい、この世に産まれ落ちた時から、徹でござんすよ」。
 「甚五郎、その方に聞いているのではない。徹と申すか。真であるか」。
 円徹は、緊張の色を顔に貼付けたまま、こくりと頷く。だが、所左衛門の追求は終わらなかった。
 「その方、母はの名は何と申す」。
 甚五郎が口を開き掛けると、所左衛門が黙れと手にした扇で己の膝を打ち一喝。びくりと身を震わせた円徹であったが、それでもはっきりと言い放つ。
 「知りません」。
 「それは妙な」。
 「名もない者が、母ではいけませんか」。
 何やら鬱憤を晴らすかのように言葉を投げ捨てる円徹だった。
 「いや、わしはその方を責めておるのではない。ただ母親の名を知りたいだけじゃ」。
 所左衛門が、取り括ろうとするも、円徹は食入るように上目遣いに所左衛門を睨む目を、寸分も外さずにいた。


 いよいよ大詰め。円徹の過去があきらかに…。



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