大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 129

2014年08月04日 | 浜の七福神
 「若が麻疹で明日をも知れぬ折りに、わしが申し上げたのじゃ」。
 その時の、何とも悲しそうな重長の目は、今でも脳裏に焼き付いて離れないと、所左衛門。その後、重長は小者を房州まで使わしたり江戸府中の寺社を当たって、松千代の行方を探していたが、龍の一件で浄念寺をおとなった際に出会った円徹を間違いないと確信したと告げる。
 「お顔が、我が殿に瓜二つでござる」。
 所左衛門も確信していた。
 すっと大きく息を吸った甚五郎。
 「あっしには、大名の事情なんかてんから分かりたくもねえが、あいつは、おっかさんの御仏を彫りてえって、あっしの元へ参りやした。今では、立派な甲良一門ですぜ。今更、どうしようとおっしゃるんで」。
 「だが、山上藩家臣の事もお考えくだされ」。
 「へえへえ、多くの家臣を路頭に迷わせたくはねえ。御立派な考えじゃねえかい。だがよ、円徹はどうなるんでい。がきの時分におっかさんを亡くして、引き取り手もねえままによ、寺人入れられ漸くてめえの道を見付けたってえのによ。円徹のここが壊れちまっても、御家が無事ならそれで良いのかよ」。
 拳でとんとんと胸を叩く甚五郎だった。
 「たかが一万石の為に可愛い弟子を差し出せるもんけい」。
 「甚五郎、言葉が過ぎよう」。
 「過ぎたらどうなさる」。
 思わず片膝を立て、脇差しの柄に手を宛てがった所左衛門。
 「林殿、控えよ。殿の御前であらせられるぞ」。
 「甚五郎、この件は余に預からせては貰えぬか」。
 「いいや、成らねえ」。
 「甚五郎、殿に向かって何と申す」。
 高俊の言葉にさえ、首を縦には振らない甚五郎の片意地に、高松藩家臣も嫌悪の表情を露にするが、それでも甚五郎は一歩も譲らずにいた。
 「決めるのは円徹だ。山上藩じゃねえ」。
 「なれば、円徹様にお話くだされるか」。
 途方に暮れる所左衛門の問いには答えず、甚五郎は腰を上げながら一言。
 「伊勢守に伝えてくんな。日光東照宮の大造替へには、甲良一門を上げて伺いやすってな」。
 「では、円徹様も」。
 深く首をうな垂れた所左衛門。そのまま、両の手を畳みに付けて、礼をするのだった。





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