大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

浜の七福神 128

2014年08月03日 | 浜の七福神
 「ですが、林様。年格好が同じだけで、早計じゃあありやせんか」。
 「いや、我が殿が…重長様が浄念寺にて、会われた円徹と申す僧がどうにも気になると、生い立ちを探らせたのじゃ」
 すると、産まれは房州。母は、九十九里の庄屋の娘で、以前武家屋敷に女中奉公をしていた事が分かった。身分ある方の子であれば、敢えて松千代と名付けたが、浜では、幾松を通り名にしていた為に、その後の行方がようと分からなくなっていたのだ。
 「江戸の寺に預けられたと知り、やはり殿が会われた円徹なる僧が、松千代様であろうと、浄念寺へ赴いた時には、既に寺にはおらなんだのじゃ」。
 甚五郎は、円徹が寺に迷惑が掛かると、言い続けていた訳を漸く知る事になった。だがそれは、思いも及ばぬものである。
 「その松千代様が、見付かりやしたらどうなさるおつもりなんで」。
 「無論、我が領内にお連れ申す」。
 「お連れ申すったって、伊勢守様には御嫡子がおられますぜ」。
 「若は、お身体がお弱いのじゃ」。
 所左衛門の額にはうっすらと、脂汗が浮かぶべば、甚五郎の拳が、畳に埃を立てる。
 「おきゃあがれ。大名だか何だか知らねえけどよ、一度はてめえの子を捨てておいて、今度は御家が危ねえから戻れたあ、何処まで都合が良いってんだ。人を何だと思ってやがるんでい」。
 甚五郎落ち着けと、諌める高俊の声など、もはや甚五郎の耳には届くものではない。何が対馬守だ、寺社奉行だと、ひと通り重長を詰る。
 「どうやらあっしは、対馬守を見損なっていたようだ。わりいが、そんな奴の下で働く気にはなれねえ。東照宮の普請はほかのもんにお言い付けになってくだせい」。
 「待て甚五郎。殿は預かり知らぬ事なのじゃ。御家を思うあまりに、この所左衛門が勝手に仕出かした事。この皺腹ひとつで事が収まるなら、この場で腹を斬ろう」。
 「けっ、腹なんぞ斬られたところで、円徹の恨みは晴れるもんじゃねえ」。
 「甚五郎、今、何と…何と申された」。
 あっと、口に手を宛てがうが時既に遅し。怒りに任せて口走ってしまった円徹の名だった。
 「やはり、円徹様であられたか」。
 所左衛門は安堵と緊張の入り混じった顔で、溜め息と共に肩を落とすが、開口一番に、無事で何よりだったとはらはらと涙を流すのだった。
 「わしの早まりであった。御家の事ばかりを考え、あの母子のことなど眼中になかったのだ。わしの一存で、随分と辛い思いをさせてしまった」。
 「おい、もうひとつだけ聞かしてくんな。伊勢守は、如何しててめえの子が産まれたって知ったのよ」。







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