「そうそう、そんな名だったね。あのお人が、千吉さんが嫁を娶りたがっているって言い出したそうな」。
千吉は、はたと己の膝を叩き思い出した。それは、一人での商い故、出先に赴く時には店を閉めなければ成らないのが悩みだと軽口を叩いたつもりが、濱部は「だったら嫁を娶れば良かろう。そうだ、わしが誰か目合わせよう」と言っていたことを。
だが、その会話に節の話は一切出ていない。
「濱部様が嫁を娶れ、誰かを目合わせようとは言ってなすったが、あたしは節さんが好きだなんぞ口が裂けても言っていませんぜ」。
美代もそんなことだろうとは察していたが、
「その濱部様ってえのが、千吉さんは商いをしているので手伝いのできる女子。手伝いならお節さんがしているではないか。と思い込み、話をまとめようとお節さんにこう言ったのさ」。
「こう言ったって」。
千吉も由造も身を乗り出していた。
「千吉が嫁を娶りたがっているのが、お節さんのような共に商いのできる嫁御を欲しがっているってね」。
千吉と由造は互いの顔を見合い、肩で深い息をする。濱部の思い込みには嫌という程苦渋を舐めさせれているのだ。
「しかし、濱部様は、お節さんのような嫁御と言ったのでしょう」。
由造が言うが、節も濱部に負けず劣らず思い込みが強く、「お節さんのような嫁御」が、節の頭の中では、「お節さんを嫁御に」。に取って代わっていたのである。
「それでどうしなさる。自分で言いなさるか。気まずければあたしからお節さんに言って聞かせましょう」。
だが、言葉だけで節が納得するまでにはしばし時を必要とするだろうと、三人は思っていた。
「ところで千吉さん。好いた女子はいないのかい」。
美代は、若くて器量良しの女子と親しい素振りを見せ付ければ節も次第に気付くだろうと考えていた。
「しかしそれではお節さんが気を悪くはしませんか」。
「馬鹿だねまったく。気を悪くして貰う為にするんじゃないか」。
千吉は、節の気持ちを傷付けるのはどうかと思うが、美代も由造も口を揃えて、「惚れた腫れたに傷付くのは当たり前」。そう言うのだが、千吉には思い当たる女子はいなかった。
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千吉は、はたと己の膝を叩き思い出した。それは、一人での商い故、出先に赴く時には店を閉めなければ成らないのが悩みだと軽口を叩いたつもりが、濱部は「だったら嫁を娶れば良かろう。そうだ、わしが誰か目合わせよう」と言っていたことを。
だが、その会話に節の話は一切出ていない。
「濱部様が嫁を娶れ、誰かを目合わせようとは言ってなすったが、あたしは節さんが好きだなんぞ口が裂けても言っていませんぜ」。
美代もそんなことだろうとは察していたが、
「その濱部様ってえのが、千吉さんは商いをしているので手伝いのできる女子。手伝いならお節さんがしているではないか。と思い込み、話をまとめようとお節さんにこう言ったのさ」。
「こう言ったって」。
千吉も由造も身を乗り出していた。
「千吉が嫁を娶りたがっているのが、お節さんのような共に商いのできる嫁御を欲しがっているってね」。
千吉と由造は互いの顔を見合い、肩で深い息をする。濱部の思い込みには嫌という程苦渋を舐めさせれているのだ。
「しかし、濱部様は、お節さんのような嫁御と言ったのでしょう」。
由造が言うが、節も濱部に負けず劣らず思い込みが強く、「お節さんのような嫁御」が、節の頭の中では、「お節さんを嫁御に」。に取って代わっていたのである。
「それでどうしなさる。自分で言いなさるか。気まずければあたしからお節さんに言って聞かせましょう」。
だが、言葉だけで節が納得するまでにはしばし時を必要とするだろうと、三人は思っていた。
「ところで千吉さん。好いた女子はいないのかい」。
美代は、若くて器量良しの女子と親しい素振りを見せ付ければ節も次第に気付くだろうと考えていた。
「しかしそれではお節さんが気を悪くはしませんか」。
「馬鹿だねまったく。気を悪くして貰う為にするんじゃないか」。
千吉は、節の気持ちを傷付けるのはどうかと思うが、美代も由造も口を揃えて、「惚れた腫れたに傷付くのは当たり前」。そう言うのだが、千吉には思い当たる女子はいなかった。
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