何が何やら解らないが、幸いしたのはここが長屋だということ。長屋の女たちは得てして読売に負けず劣らず噂話が好きなのだ。ちょっと水を差せば後は怒濤の如く話し出す。
間もなく夕餉の支度に掛ろうかといった刻限である。ひと度門まで戻り、お紺は住民が井戸を使いに遣って来るのを待った。
「ちょいとおかみさん。この長屋にお峰さんっていう人はいませんかねぇ」。
出任せである。
「お峰さんかい。そんな人はいないけど…お前さんは…」。
太り肉の血色の良い三十半ばほどの女房が、お紺に胡乱な目を向ける。それもその筈、お峰なんて存在しないのだから。
「あたしは、お峰ちゃんとは幼馴染みでしてね。あたしは未だ小さい時分にひっこしちゃったので、それっきりなんですが、この辺りに用があったものですから、確かこの長屋だったと思って、寄ってみたんですよ」。
「そうかい、でもあんたが子どもの頃なら随分と前だろう」。
「ええ、まあ」。
(それほど前ではない)。
だが如何にも面倒見が良さそうなその女房は、ほかの女房たちにも聞いてくれ、気が付けば四五人の人だかりとなっていた。
「お峰さんかい。聞いたことないねえ」。
「そうですか。確か、一番奥の、そうあの部屋だったと思うのですが」。
先程金次が訪った部屋を指差す。
「あすこは、随分前から空き家だったから、その前に住んでいたかも知れないねえ。だけど、あたしが来た時には、もう空き家だったよ」。
一番古手の女房である。
「ならどこかに引っ越したか…お嫁に行ったのかも知れませんね。おかみさんは何時、こちらに」。
「そうさねえ、もう八年前になるかねえ」。
「じゃあ、それからも空き家のまんまで」。
「ああ、それが、この前夫婦もんが越して来たんだよ。八年いや、それ以上も空き家だったもんだから、わっちら皆で掃除してねえ」。
(夫婦者)。
「それはお峰ちゃん…の訳ないか」。
些か無理があるが、女房たちの手はすっかり止まり、話に花を咲かせようと意気込んで見えた。お紺の思うつぼである。
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出任せである。
「お峰さんかい。そんな人はいないけど…お前さんは…」。
太り肉の血色の良い三十半ばほどの女房が、お紺に胡乱な目を向ける。それもその筈、お峰なんて存在しないのだから。
「あたしは、お峰ちゃんとは幼馴染みでしてね。あたしは未だ小さい時分にひっこしちゃったので、それっきりなんですが、この辺りに用があったものですから、確かこの長屋だったと思って、寄ってみたんですよ」。
「そうかい、でもあんたが子どもの頃なら随分と前だろう」。
「ええ、まあ」。
(それほど前ではない)。
だが如何にも面倒見が良さそうなその女房は、ほかの女房たちにも聞いてくれ、気が付けば四五人の人だかりとなっていた。
「お峰さんかい。聞いたことないねえ」。
「そうですか。確か、一番奥の、そうあの部屋だったと思うのですが」。
先程金次が訪った部屋を指差す。
「あすこは、随分前から空き家だったから、その前に住んでいたかも知れないねえ。だけど、あたしが来た時には、もう空き家だったよ」。
一番古手の女房である。
「ならどこかに引っ越したか…お嫁に行ったのかも知れませんね。おかみさんは何時、こちらに」。
「そうさねえ、もう八年前になるかねえ」。
「じゃあ、それからも空き家のまんまで」。
「ああ、それが、この前夫婦もんが越して来たんだよ。八年いや、それ以上も空き家だったもんだから、わっちら皆で掃除してねえ」。
(夫婦者)。
「それはお峰ちゃん…の訳ないか」。
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