大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

百花繚乱 夢の後 ~奥女中の日記~ 五

2011年10月03日 | 百花繚乱 夢の後 ~奥女中の日記~
 兄様。千代は本日、天璋院様と和宮様の御尊顔を拝しました。瀧山様のお供で参ったのです。
 宮様がお輿入れなさってから、どうにもお二方の間が剣呑な事に心を砕いた瀧山様がついに間に入ったのでございます。
 天璋院様は、万事京風を通す宮様に御立腹の御様子。天璋院様が宮様を、下座に褥もなしにお座にならせた事や、宮様が天璋院様を呼び捨てにされたなど、お輿入れしたばかりのいざこざが、未だ尾を引いておられる御様子にございます。
 宮様は、降嫁の際の約定を幕府がお守りならないことに、悲しんでおられます。
 約定とは、
一 お父上にあらせられます仁孝天皇の回忌ごとの御上洛。
一 万事は御所の流儀を守ること。
一 御所の女官をお側付きとすること。
一 御用の際には伯父・橋本実麗を下向させること。
一 御用の際には上臈か御年寄を上洛させること。
 にございましたが、お父上様の一周忌への御上洛を許されませんでした。
 これに、宮様のお付きの方々が異を唱え、双方が詰まらない事までを気に掛けるようになってしまったのです。
 それはそれは、つとにつまらない事にございます。宮様は、足袋を履かず、素足にございます。お湯も月に数えるほどにございます。
 反して、天璋院様は毎朝、入浴なされます。そのような小さな事が、諍いの種になろうとは。
 千代の見る限り、天璋院様も宮様も凛としたお方です。どちらも間違ってはおられません。
 瀧山様は、宮様に早く、徳川に慣れて頂きたく、毎度お願いを申し上げているのですが、宮様のお付きの方々には、それさえも、宮家を愚弄されていると受け止められておられるようで、事は拗れております。
 兄様、京はどのような所なのでしょうか。
 春寒のみぎり、朝晩の冷えは未だ続いております。お身体にお気を付けくださいませ。



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