川瀬石町裏長屋では騒動が始まらんとしていた。三太が、「由造に酷い目に合った」。と唾を飛ばしながら息巻いているのである。
「お前さん、馬鹿をお言いでないよ。由造さんがそんなことをする訳がないだろ」。
「冗談も休み休みにしておくんな」。
川瀬石町裏長屋の住人に、由造は大層受けが良い。それもその筈、女なら誰もが容姿のいい男には目が甘くなると言うもの。しかも近江屋の手代を務める温厚実直な由造が、三太ごときの草履を取ったり、手を出したりなどとうてい信じろと言う方に無理がある話だ。
「ほれ、ここ赤くなっておるでっしゃろ。殴られたんや」。
三太が己のおでこを突き出しながら、ひとり一人顔を覗き込むように話しても誰にも相手にされない有様だ。
「何度も言わせないでおくれ。由造さんがどうしてお前さんを殴るのさ」。
「それは…」。
「ほれ言えやしない。大方お前さんが集りでもしたんだろうよ」。
ここの住人ときたら、己のことに関してはからっきしだが、他人のひってん、弥太郎振りを見抜く目は持ち合わせているのが不思議である。
御年配の傘張り屋の節に至っては、もちろんのこと、一膳飯屋に務める竹が人一倍、由造の肩を持ったら、長い者に撒かれることが心情の女髪結いの友も、由造を擁護する。
「どなたはんも、由造がちびっとばかり男前だと思って…何やけったくそ悪い」。
三太は修まらない怒りを濱部にぶちまけるのだった。だが、
「三太、それはどう考えてもお主が悪い。第一、泥酔したお主を送り届けてくれた礼も言わぬまま、強請り集りを働くとは、破落戸(ごろつき)と同じじゃないか」。
濱部であれば、「近江屋にたんと銭をいただきに行こう」。そう言ってくれるとばかり信じていた三太。もはや誰も味方にはなってはくれないのだった。
「なあ、千吉や。この前からどうにもあの三太とか言う薄気味悪い男が、あたしのことを付け回しているんだが」。
いつものように豊金で、由造はこぼしていた。
「由造すまねえ。あの男、家に集りに来たもんでつい近江屋に行きなと言ってしまったんだ。近江屋と聞けば怯んで諦めると思ったのだが、本当に行くとはねえ」。
「千吉、お前か」。
ぐいと千吉の襟ぐりを掴む由造だが、「まあ、追い払う為だったら仕方ねえ」。と手を引き下げた。
「しかし、あの薄汚ねえ草履にしちゃ過分な銭を渡したのに、一体何が不満なのか」。
由造もは、ここまで憎まれ付け狙われる理由が解らないでいた。
「あいつはよ、由造が羨ましいのさ」。
さっきまで黙って話を聞いていた加助である。つまみの煮染めを美味そうに頬張りながら、話に加わってきた。
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「お前さん、馬鹿をお言いでないよ。由造さんがそんなことをする訳がないだろ」。
「冗談も休み休みにしておくんな」。
川瀬石町裏長屋の住人に、由造は大層受けが良い。それもその筈、女なら誰もが容姿のいい男には目が甘くなると言うもの。しかも近江屋の手代を務める温厚実直な由造が、三太ごときの草履を取ったり、手を出したりなどとうてい信じろと言う方に無理がある話だ。
「ほれ、ここ赤くなっておるでっしゃろ。殴られたんや」。
三太が己のおでこを突き出しながら、ひとり一人顔を覗き込むように話しても誰にも相手にされない有様だ。
「何度も言わせないでおくれ。由造さんがどうしてお前さんを殴るのさ」。
「それは…」。
「ほれ言えやしない。大方お前さんが集りでもしたんだろうよ」。
ここの住人ときたら、己のことに関してはからっきしだが、他人のひってん、弥太郎振りを見抜く目は持ち合わせているのが不思議である。
御年配の傘張り屋の節に至っては、もちろんのこと、一膳飯屋に務める竹が人一倍、由造の肩を持ったら、長い者に撒かれることが心情の女髪結いの友も、由造を擁護する。
「どなたはんも、由造がちびっとばかり男前だと思って…何やけったくそ悪い」。
三太は修まらない怒りを濱部にぶちまけるのだった。だが、
「三太、それはどう考えてもお主が悪い。第一、泥酔したお主を送り届けてくれた礼も言わぬまま、強請り集りを働くとは、破落戸(ごろつき)と同じじゃないか」。
濱部であれば、「近江屋にたんと銭をいただきに行こう」。そう言ってくれるとばかり信じていた三太。もはや誰も味方にはなってはくれないのだった。
「なあ、千吉や。この前からどうにもあの三太とか言う薄気味悪い男が、あたしのことを付け回しているんだが」。
いつものように豊金で、由造はこぼしていた。
「由造すまねえ。あの男、家に集りに来たもんでつい近江屋に行きなと言ってしまったんだ。近江屋と聞けば怯んで諦めると思ったのだが、本当に行くとはねえ」。
「千吉、お前か」。
ぐいと千吉の襟ぐりを掴む由造だが、「まあ、追い払う為だったら仕方ねえ」。と手を引き下げた。
「しかし、あの薄汚ねえ草履にしちゃ過分な銭を渡したのに、一体何が不満なのか」。
由造もは、ここまで憎まれ付け狙われる理由が解らないでいた。
「あいつはよ、由造が羨ましいのさ」。
さっきまで黙って話を聞いていた加助である。つまみの煮染めを美味そうに頬張りながら、話に加わってきた。
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