「ちょっと待ちなよ。お前さんたちが喧嘩をすることはないだろう」。
二人に蹴飛ばされないように、酒と肴の乗った盆を持って間に入った千吉に宥められ、一応は座るが由造は黙って盃を空にするのみ。一方の加助も、「殴られ損だぜ」。と背を向ける。
「由造、お前さんが悪いよ。皆こうして心配しているのに急に殴るなんてさ」。
千吉の咎めが更に刺激したのか、由造はそのまま黙って帰って行った。
「由造の奴、何が気に食わねえんだ。こんないい話しないじゃないか」。
しばらく間があり、気を取り直した加助も不思議がる。
「ねえ、加助。万が一、平五郎さんに娘がいいてさ、お前さんを娘と一緒にして跡目を取らせるってなったらどうする」。
「親方の娘かい。そうだな…」。
加助は考え込んだ。
「それだよ、それ」。
千吉が解ったと手を打った。
「やっぱり、人様のことならこんないい話はねえって思えるけど、自分のことともなればやはり考え込んじまうってことさ」。
「そんなものかな」。
加助は未だ納得できずにいるようだ。
「加助は、なにを考えたのかい」。
「そうさな、親方の娘ってえと生涯頭が上がらねえんじゃねえかってことが一等最初に浮かんだぜ」。
「その次はなにさ」。
「次は、兄弟子ん中には面白くねえもんもいるだろうってさ」。
「まだあるかい」。
「ああ」。
親方の名前を超えなくてはならない、仕事でしくじったら己だけの責めではなくなる。良い縁でもその娘と気質が合うだろうか。親方とおかみさんの娘だったらどんな御面相なのだろう。加助は後から後から口にする。
「まだあるのかい」。
流石に千吉もこれには閉口した。
「加助が言った中で由造に当てはまるのは、頭が上がらないこと、兄弟子のこと、暖簾のことだろうね」。
由造が近江屋に奉公して十五年。絹は文句無しの別嬪だ。気質も解っている。
「だけど千吉。もしもだよ、由造がほかに好いた女子がいたらどうする」。
「そうだねえ。だが聞いたことないよ」。
「あっしたちにも言えねえくれえに真剣だったらよ」。
千吉、加助。そして金治までが腕を組んで天井を見詰めながら、由造と縁のある女子の顔を浮かべるのだが、思い当たる節はない。
「あっ、お美代さんはどうだい」。
最初に女子の名を挙げたのは加助だった。
「お美代さんは由造より二つ上だろう。あっしもね、似合いだとは思ってたんだよ」。
金治がお美代説に乗る。
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二人に蹴飛ばされないように、酒と肴の乗った盆を持って間に入った千吉に宥められ、一応は座るが由造は黙って盃を空にするのみ。一方の加助も、「殴られ損だぜ」。と背を向ける。
「由造、お前さんが悪いよ。皆こうして心配しているのに急に殴るなんてさ」。
千吉の咎めが更に刺激したのか、由造はそのまま黙って帰って行った。
「由造の奴、何が気に食わねえんだ。こんないい話しないじゃないか」。
しばらく間があり、気を取り直した加助も不思議がる。
「ねえ、加助。万が一、平五郎さんに娘がいいてさ、お前さんを娘と一緒にして跡目を取らせるってなったらどうする」。
「親方の娘かい。そうだな…」。
加助は考え込んだ。
「それだよ、それ」。
千吉が解ったと手を打った。
「やっぱり、人様のことならこんないい話はねえって思えるけど、自分のことともなればやはり考え込んじまうってことさ」。
「そんなものかな」。
加助は未だ納得できずにいるようだ。
「加助は、なにを考えたのかい」。
「そうさな、親方の娘ってえと生涯頭が上がらねえんじゃねえかってことが一等最初に浮かんだぜ」。
「その次はなにさ」。
「次は、兄弟子ん中には面白くねえもんもいるだろうってさ」。
「まだあるかい」。
「ああ」。
親方の名前を超えなくてはならない、仕事でしくじったら己だけの責めではなくなる。良い縁でもその娘と気質が合うだろうか。親方とおかみさんの娘だったらどんな御面相なのだろう。加助は後から後から口にする。
「まだあるのかい」。
流石に千吉もこれには閉口した。
「加助が言った中で由造に当てはまるのは、頭が上がらないこと、兄弟子のこと、暖簾のことだろうね」。
由造が近江屋に奉公して十五年。絹は文句無しの別嬪だ。気質も解っている。
「だけど千吉。もしもだよ、由造がほかに好いた女子がいたらどうする」。
「そうだねえ。だが聞いたことないよ」。
「あっしたちにも言えねえくれえに真剣だったらよ」。
千吉、加助。そして金治までが腕を組んで天井を見詰めながら、由造と縁のある女子の顔を浮かべるのだが、思い当たる節はない。
「あっ、お美代さんはどうだい」。
最初に女子の名を挙げたのは加助だった。
「お美代さんは由造より二つ上だろう。あっしもね、似合いだとは思ってたんだよ」。
金治がお美代説に乗る。
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