畑倉山の忘備録

日々気ままに

明治維新の謎(1)

2016年09月24日 | 鹿島曻

日本には国民の歴史は存在しない。歴史とは常に天皇家のための歴史であった。しかもこの歴史がー貫してデッチアゲであったのは修史の動機が不純だったから、すなわちシナや朝鮮から逃亡してきた人びとが己れの恥ずべき過去を天皇信仰という宗教によって抹殺しようとしたからである。

少年時代朝鮮海峡を密航してやって来たあと、パチンコで成功したキヨッポウが何故か理由はわからないが、「オレは日本で生まれた」と頑強にいい張るように、古墳時代のキヨッポウも日本の歴史を抹殺したあと自己の出自を偽造し、朝鮮三国(新羅、百済、駕洛)の歴史を合成して日本史らしきものを創作するという、今にして思えばまことに不可解な犯罪を強引に遂行した。

そしてそのために情報を独占し、抵抗するものを皆殺しにしたため、そののちこの国の偽造された歴史に対して合理的な批判がまったく発生しないようになった。そして同じ渡来者の子孫であった源平武士団の政権のもとでも、この不法なる状況は変更されなかった。

日本はシナや朝鮮と同じくきわめて多民族から成る国家であり、縄文人、弥生人、古墳人は皆別種であって、外来の朝鮮人やシナ人は先住民と異なる言葉を用いていたから、かれらが縄文時代の港川人やオロッコ(自称ウヱッタ)、ギリヤック、千島アイヌなどに対して、真実を語らずして情報を独占しえたことは容易に理解できるであろう。まことに情報の独占こそ先住民統治のための魔法の杖であった。

(鹿島曻『裏切られた三人の天皇』新国民社、1997年)