二十四日。講師馬のはなむけしに出でませり。ありとある上下、童まで酔ひ痴れて、一文字をだに知らぬ者、しが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。
こういう場面が楽しいところで、弓を持って踏ん張ると庭に足がめり込んでしまうアマテラスとは全然違う。完全に人間の世界である。
広い世の中にはこの一枚の十円札のために悲劇の起ったこともあるかも知れない。現に彼も昨日の午後はこの一枚の十円札の上に彼の魂を賭けていたのである。しかしもうそれはどうでも好い。彼はとにかく粟野さんの前に彼自身の威厳を全うした。五百部の印税も月給日までの小遣いに当てるのには十分である。
「ヤスケニシヨウカ」
保吉はこう呟いたまま、もう一度しみじみ十円札を眺めた。ちょうど昨日踏破したアルプスを見返えるナポレオンのように。
――芥川龍之介「十円札」
同じ十でも、ちょっとこっちは人間から離れ始める。わたくしは、勝手に古代文学研究に親近感を懐いているのであるが、要するに――人間離れをしたいという欲望がそうさせるのかもしれない。