★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

ころは、正月・三月、四月・五月、七・八・九月、十一・二月

2019-12-10 22:12:38 | 文学


ころは、正月・三月、四月・五月、七・八・九月、十一・二月。すべて、折につけつつ、一年ながらをかし。

をかしすぎるでしょ

正月。一日はまいて。空のけしきもうらうらと、めづらしう霞こめたるに、世にありとある人はみな、姿かたち心ことに繕ひ、君をも我をも祝ひなどしたるさま、ことにをかし。

本当におかしい人いますよね……

七日。雪間の若菜摘み、青やかにて、例はさしもさるもの、目近からぬところに、持て騒ぎたるこそ、をかしけれ。白馬見にとて、里人は、車清げに仕立てて見に行く。中の御門の戸じきみ、曳き過ぐるほど、頭一ところにゆるぎあひ、刺櫛も落ち、用意せねば、折れなどして笑ふも、またをかし。左衛門の陣のもとに、殿上人などあまた立ちて、舎人の弓ども取りて、馬ども驚かし笑ふを。

「をかし」によって物事をみることとは、とりあえず、「まずは全てを肯定だ」という感じである。「心絶ゆ」とすぐなってしまう源氏の人々と違って、とにかくすべてが「をかし」なのだ。そうやってみると、馬が驚いている姿などが見えてくるわけである。

はつかに見入れたれば、立蔀などの見ゆるに、殿司・女官などの、行き違ひたるこそ、をかしけれ。「いかばかりなる人、九重を馴らすらむ」など思ひやらるるに、

安心して下さい。ただの人間たちです。知ってるくせにこういうこと言う清少納言は嫌らしいですね……

内裏にて見るは、いとせばきほどにて、舎人の顔のきぬもあらはれ、まことに黒きに、白きものいきつかぬところは、雪のむらむら消え残りたる心地して、いと見苦しく、馬の騰り騒ぐなども、いとおそろしう見ゆれば、引き入られて、よくも見えず。八日。人のよろこびして、走らする車の音、ことに聞こえて、をかし

本当は馬とかが騒ぐのが面白いくせに、雪の下の斑がみえるみたいだ舎人顔、とはあまりに自らの欲望を隠蔽しているのではなかろうか。車でちょっとドライブでもしたいんでしょうが、あなたは……。文系の勉強ばっかりしていると、白馬の節会の本義を軽蔑し、馬の顔とか人間の顔を批判して面白がるようになります。

すべて色は温度電力等と違い、数度もて精しく測定し得ず、したがって常人はもとより、学者といえども、見る処甚だ同じからず、予この十二年間、数千の菌類を紀伊で採り、彩画記載せるを閲するに、同一の色を種々異様に録せる例甚だ多し。これ予のみならず、友人グリェルマ・リスター女の『粘菌図譜』、昨年新版を贈り来れるを見るに、Diderma Subdictyospermum の胞嚢は雪白と明記され、D. niveum も、種名通り雪白なるべきに、図版には両ながら淡青に彩しあり。されば古え色を別つ事すこぶる疎略にて、淡き諸色をすべて白色といいし由 L. Geiger,‘Zur Entwicklungsgeschichte der Menschheit,’S. 45-60. 等に論じたり。高山の雪上の物影は、快晴の日紫に見ゆる故、支那で濃紫色を雪青と名づくと説きし人あり(A. Sangin, Nature, Feb. 22, 1906, p. 390)、紫を青と混じての名なり、光線の具合で白が青く見ゆるは、西京辺の白粉多く塗れる女等にしばしば例あり、かかる訳にて、白馬を青馬と呼ぶに至りしなるべし。

――南方熊楠「十二支考――馬に関する民俗と伝説」


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