くまだから人外日記

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【偽書】短期集中掲載『来夢の扉』…青葉起(た)つ 3

2014-02-07 05:21:31 | 【偽書】シリーズ
「いらっしゃいましたよ」

青葉が扉を開くと、二人の老夫婦が静かにソファーから立ち上がる。
男の方は脚が不自由らしく、片手に杖を突いてもう片手を傍らの老婦人が支えていた。
白杖!?
青葉は瞬時に老人の突く杖の色に目が行く。

「あっ。おかけになっていて下さいな。そのままで」
青葉は慌てて二人に声をかける。

立ち上がった二人が青葉に深々と頭を下げ、マネージャーに促された老婦人が老人に声をかけ、二人はソファーに腰を下ろす。

「改めまして。大変お待たせしました。北海道ブルースカナイカントリーズの青葉勝利です」
青葉が二人に頭を下げると、二人はソファーの上で再び頭を下げる。

「ご主人は目が…」
青葉はためらいがちに婦人に声をかける。
「はい。主人は目の疾病を患いまして、現在は視力を全て失いました」

「青葉さん。こちらの男性はね、うちのチームの熱心なファンでね。可能な限りご不自由な体で球場に足を運んでくださっているんだよ。しかも最前列に近い席を選んでね。見えなくても耳で楽しんで下さっているそうだ。生で球場の熱戦を」

青葉はあの長い下りの階段を思い出す。
車椅子用に出入り口付近に専用席はあるが、不自由な目であの長い階段を上り下りしているのか…。

「そうなんですか。それは大変ありがたい。僕らも頑張り甲斐がありますし、励みになるお話です」
青葉がそう礼を言った時、それまで三人の声に静かに頷いていた老人が、急に口を開く。

「試合前のお忙しい時間に無理を言って申し訳ない。私は一言だけ青葉さんにお伝えしたい事があってお邪魔しました」

目を閉じた老人は、
青葉の方に体を向けて、訥々と語りかける。
青葉は“ああ、きっとこの老人は俺の最近の不振に文句があるんだろうな…”と、お小言を覚悟しながら、見えていないであろう老人の閉じられた瞼を笑みを湛えて見つめながら話を促していた。

「いえいえ。せっかくの機会ですから是非おっしゃって下さい。」

「そうですよ。何でもおっしゃって下さい。ファンの声を聞くのも、選手の勤めですから」

「あなた良かったわね。お二人共こうおっしゃって下さっているわよ」
婦人に促されて、老人は口を開く。


「では、僭越ながら、青葉さん。目の悪い年寄りの戯言だと聞き流して下さい。あなたは今年、いつもにない程のスランプでおられる…」

そら来た。