くまだから人外日記

くまだからくまなのだ。

それでいいのだ。

『四つのクロノス・その1(高山三奈帆のKYOUJI)』51

2015-04-30 06:34:00 | 【偽書】シリーズ
「一体何を企んでいるんだ」
「別に…」
「全く…」
取り調べ室で対面するいかにもやらかしそうな風体をした若者に、くたびれたスーツ姿の刑事は片方だけ眉をひそめる。

「刑事さん。腹減ったからカツ丼取ってくれよ」
「ふざけるな」
「大真面目だよ」
埒があかないと思ったかのか、刑事は頭を掻きながら内線電話をかける。

「嶋君は居るか?ああ、第二取調室代わってくれと伝えてくれないか」
受話器を置く刑事に勝ち誇った様に若者が言う。
「ギブアップ?」
「はぁ?」
「おっちゃん、ギブか?」
「言ってろ。今、嶋が来る」
「嶋?おおッ。スーパーボール男キターッ!」
若者は嬉々として嶋の渾名を叫ぶ。

「嬉しいか?」
「ご機嫌じゃん。粘った甲斐があった。で、カツ丼は?」
くたびれたネクタイを首もとで緩めながら刑事は言った。
「食い逃げされちゃあ困るからな。前金制だ」




「サキちゃん。この公演の権利移譲契約書ヤバいよ」
「サキちゃん言うな」
「なら、シャチョーサン」
「怪しいフィリピンパブの店主か!で、その契約書、そんなにヤバいか?」
「金はまぁ、これくらいは仕方が無いが、設備がね…」
「設備?会場のステージでも無くなってるのか?取り壊し目前だから」
「ステージはあるだろうけど、ある意味それよりヤバい」
「もったい付けずに教えろよ。契約のプロなんだろ」
いかにも堅い商売人が身につけるスーツの胸にバッジを光らせる身なりのいい男は、長髪の白いパンツスーツの男の問いにに答って言う。

「電源の供給条項が皆無だ。多分前日までに設備配線等は打ち切り撤去されてしまうんだろ」
「引き込んだ主電源もか?でも電力会社に供給を再開して貰えば…」
「受電機器も用意出きるのか?百ボルトの家庭用じゃないんだぜ。この手のホールは全て業務用電力だ」
「つまり?」
「空調や水の供給を含めて全館真っ暗だ。廊下やトイレに至るまで…な。これじゃギグなんて出来やしないぞ」
「確かにな。ん?だが待てよ?」
「おいおい。何を企んでる?サキちゃん」
「シャチョーサンだ!」

【偽書】(短編集)『三分少女』1話目 昔の姿で… 5

2015-04-29 11:50:26 | 【偽書】シリーズ
郊外に位置しているその病院は、日曜日とあって周囲を含めて閑散としていた。

日曜日は外来診療がお休みなので、正面玄関は閉鎖されており、ご用の方は左手にある急患用入口をご利用下さい、との看板がガラス戸の内側に立てられていた。
急患用の緊急窓口受付で行き先を見舞い入場簿に記名してから院内へ入る。

「さぁて…と」
静寂の中、かすかに流れるクラシックのBGMの調べだけが音をたてる院内で、エレベーターを利用し目的の階に上がりまずはトイレに入ると、用意してきた“物”を一度確認し、一度トイレを出る。
その階のナースステーションに立ち寄り、目的の病室番号を確認すると、一度病室前に足を運び、中に目的の患者が居るのを確認する。

それから再びトイレへと逆戻りして、悩んだ末に先に“物”に着替えて、おもむろに件の『三分少女』を取り出す。
細々とした設定を確かめると、私は「南無三」と呟き(別に呟かなくてもいいのだが)一番大きなスイッチを押しながら『三分少女』をウルトラマンよろしく片手で上に突き上げる(これもやらなくてもいいポーズだが)。


セーラー服…ではないが、高校生の制服を着た少女が病院の廊下を急ぎ足で歩いて行き、途中で病衣を着て点滴用のスタンドを携えた少年とすれ違う。


「お邪魔します」
目的の病室前で声を掛けて、私はおずおずと中へ入る。

そこには、あの頃とは別人の様に年齢を重ねて、癌の進行からか、投薬によるものか、骨が浮き出ていそうな顔をした、中学時代の彼の姿があった。

いきなり現れた中学生の姿をした私に、彼は一瞬時を止めた様に静止し、それから小さく私の旧姓を呼んだ。

「田中…さん?」
「具合はどう?」
「その姿…一体どうしたの」
「幻よ…って訳には行かないわよね」
「いや、察しはついたよ。ある通販の品を使ったんだね」
「知っていたの?『三分少女』を」
「久し振りに会った懐かしいガールフレンドが昔のままの姿か。それもまた懐かしい制服姿で…」
「三分経てば今の私に戻るわ。オバサンになった私に」
「僕なんてこんな死にかけのオジサンだよ」
「そんな。死にかけだなんて言わないで」
「分かっているんたよ。自分の寿命が尽きかけている事も、もう回復の見込みも無い事も…」
「そんなに悪いの?」
「若い頃から色々とあったよ。まあ、人生そんなものだ」

彼は達観した様に力なく笑う。

【偽伝】平成八犬伝奇譚with9G 外伝1『哀しき八月の凱歌』 69

2015-04-27 06:13:12 | 【偽書】シリーズ
「おやおや。不慣れな雨乞いの手助けをすれば今度はそのお仲間がその水で危機ですか。上手くいかぬものですなあ。人の世とは…ククク」
上空から下流を流れるダム放水の濁流を見つめながら、その陰陽師は呟く。

「今あの犬士達を失うのは、来たる大局に支障が出そうですな。どれ、要らぬお節介を…おや?」
濁流に巻き込まれて流される二人の犬士に添うように左岸と右岸にそれそれ二つづつの影。

「どうやら私が手を重ねどもあの者達が二人を救命出来そうですね。流石に命運を呼びし八珠の契り。人運にも恵まれておる様です。かつて御所や太閤を呼び寄せた様に」

疾走する計四つの影に後を任せる様に、川面に映る機影は徐々に小さく消えて行った。



「全く手間のかかる子犬ちゃん達ですね」
「愚痴るな愚痴るな。うちの大将や太閤が認めた子犬達だ。そしてあの独眼竜や越後上杉や甲斐武田の二人も、な」
「対岸の入道達は上手くやれるんでしょうね」
「やるだろうさ。坊主が土左衛門を増やしていては、仏門にあるまじきだ」
「では行きますよ。怪しげなくじ引きに負けたのは納得いきませんが」
「運の無いお主に俺の勝ち運に適うものか」
「どうだか…。霧隠忍術水走の法」
併走していた小柄の男から離れ、細身長身の男は草履履きのまま、水の上を沈まずに進む。


「兄者格、猿と才蔵は動いたぞ」
「弟者格、負けるなよ。殿様に叱責されてはあやつらに笑われる口実を作るだけだ」
「ぬかるか。法力、離水天黙耽。参る」
小柄の法僧が一気に川に飛び込むと、川の水が法僧を嫌う様に流れを変えて行く。川底を晒しながら濡れる事無く一気に流されて行く二人の犬士に向けて駆け出す小柄な法僧。
「負けるなよ才蔵如きに」
「おうよ」





「身動き出来ぬ程か?」
「面目無いが…」
地に伏せる様に崩れた六人を胆衆らが引き起こしてやろうと試みるも、地面に吸い付けられた様に持ち上がらないままの孝視ら犬士達。
「何と。小柄な少女達がまるで大山の如き巨岩に化けた様に重く硬い」
「このままでは六人全員自らの重さで潰れてしまうぞ」
「それにしても遅い。まだ着かぬのか、兼続殿は…」
「まずい。既に皮膚が石化を…」
六人の犬士の体は徐々に灰石色に変わって行く。

「…ヨシ!シノッ!」
呻き声をあげて耐える犬士の中、仁美が力を振り絞り流されて行く仲間の名を叫ぶと、六人は声さえ出せない加重に潰されて行った。

【偽書】虹メイル・アン 〔第三話〕真っ赤に燃ゆるは正義の血潮 18

2015-04-26 10:09:50 | 【偽書】シリーズ
敵メイルはおちょくられたと思ったのか、完全に頭に来たらしい。
メイルが頭に来るってのも、何だか違和感があるんだけどね。

「まず先手は俺に任せろ!ニードリルミサイル!アックスカッター!」
雷の右膝からドリル型ミサイルと左腕からカッターナイフ付きの肘が飛び出す。
ロケットパンチといいとことん飛び道具型なんだね。

「グワァッ…」
身構えるものの左右からのタイプの違う攻撃を避けられず守勢に回らざるを得ない黒メイル。


「朝見た光景とは違うけど…仮面暁の新技かなあ?」
子供達は珍しそうに見つめる。
再び仮面暁(だからルナだよ)の放ったダブルキックが敵の胸板で一瞬止まりはね飛ばされて倒れ込む。
反撃してくる敵の手刀攻撃を慌てて腕で受け止めるルナ。
金属音。
「だから、痛~い!」
遠巻きに雷電を見つめる子ども達が、ピカピカ光る雷電バッジ(RとDの形のバッジ)を翳して声援を送る。
「頑張れ暁!雷電に遅れを取るな」
「立て~負けるな仮面暁!二段変身するんだー」

仕方なく加勢する雷(?)。
もう一度、ロケットパンチが炸裂する。

更に胸のガードを外してブーメランよろしく投げつける。

「くそう。何者なんだ、お前達は?」
予想外の苦戦に黒メイルは混乱する。

最後に背中の剣を雷暁(ルナ)に貸す莱。
「これでとどめだ。暁」
「へっ?伝説のショルダーソード?」
「エクストラサンシャインカリバーだ!」

雷と電が素早く動きの鈍った黒メイルの両腕を押さえ、持ち慣れない大剣を両手に黒メイルに切りかかる仮面暁(へっぴり腰のルナ)。
一気に黒メイルを一刀両断。どうやらルナでも扱える高いレベルの万能ソードらしい。


「つ、常に正しき心が勝ぁつ!」
聞いたことのない暁(ルナ)の決め台詞だなぁ。

さらばと言って足を滑らし背後の奈落に落ちる暁。

「うわー。暁が消えたよ?テレビとおんなじだね」
「ありゃ落ちたっぽい」
子供達があれこれ囁きあう。

「お姉さん(小娘)暁がやったわ(てかうちのアキナンが大半だけど)」
「暁が街の危機を救ってくれたんだわ(なんとかオチがつけられたわ。良かった)」
子供達の大歓声に送られ、がっちりと握手をして去る雷と電。

「でも、あの雷は誰?」



ギャラリーの最後部から成り行きを見つめていたセイラ達五体。
「何だか事なきを得たみたいですね」
セイラは敵メイルのデータ映像を回収しながら言う。

『四つのクロノス・その1(高山三奈帆のKYOUJI)』 50

2015-04-25 13:14:19 | 【偽書】シリーズ
「本当か?」
マネージャーの話に白いパンツスタイルの長髪社長は驚く。
「はい。発売日にハコをおさえられそうです。ですが…」
マネージャーの差し出す二冊の契約書の物件名と契約締結者甲乙欄を見て驚く。
「おい。これ…。こんど閉館取り壊しされる隣町のホール…そしてあのタヌキオヤジの事務所じゃねえかよ…」
「はい…」
「よくあの曲者オヤジが俺達の事務所に枠を譲る気になったな」
「はい。二つ返事でした。断られるものだと思っていたんですが」
「俄には信じ難いな。だが、あのホールなら理想的な規模だ」
「二千(人)は入りますよ。少々広すぎやしませんか?いきなり一曲デビューの新人の初ギグとしては」
「それくらい集客出来なきゃ、先は無いぜ。何年かける気だよ。あの小娘を売り出すのに。賞味期間が切れて腐っちまうぜ。何はともあれお手柄だ」
「ちゃんと契約条項を読んで下さいよ。何せあの会社ですからね」
「しかし変な策を図るか?まあ渋るどころか二つ返事って所が少々引っかかるが」
「でしょ。一応弁護士さんにでも…」
「高い金を支払って、この手のやり取りに大して長けていない奴に頼むのもなあ…」
「お嫌いなんですか?弁護士さんが」
「ああ。マッポと沢庵の次に嫌いだ」
「沢庵…よりはマシ?」
「アッ…訂正するわ。マッポ、タヌキオヤジ、沢庵の順位だ」

白パンは自分の鼻を摘まんで見せる。
「大して変わりませんよ」



「ワイらん兄ィはマジみたいだっしょや」
「ンだねぇ」
「確かにオモロいネタやけんどな」
「まあ、笑ろうとるやろ。ベー子姉さんも」
「それにしてもよく見つけて来たわ」
「あのジャーマネ、あれで案外切れ者やな。仕事も音楽的にも」
「大学のお遊びプロデュースサークル出身とは思えんわ」
「どちらにしても、ワイらん兄ィも本気出しよってたしな」
「嬉しそうにギター磨いていたし、のう」
「あの儀式が出た時は柄にも無く緊張しちょう時やけん」
「気合いはいってる証拠や。練習用にスタジオまで借りて…可愛いもんや」
「ほんまやね。お前までこうして自主練習に来とるんやから」
「お前が言うな。お前かて同じやろが」




私は厨房外れにある洗い場から壁に掛けられた時計を一瞥する。
皿洗いを開始してから二十分。
まずまずだわ。
このお仕事を始めた頃は下洗いだけで四十五分も掛かっていたから、かなりの短縮ね。汚れにもよるけど、洗浄機前の下洗いを後二分は短縮出来そう。
それは小さな励みだった。
自分の作業の向上は、自身の成長の証。
ルーティンの中、ほぅ、っと息を吐くと、下洗いを終えた食器を洗浄機にセットして行く。

その時客席からざわめきと「無銭飲食だ!」との叫び声が聞こえた。