くまだから人外日記

くまだからくまなのだ。

それでいいのだ。

【偽書】短期集中掲載『来夢の扉』…青葉起(た)つ 11

2014-02-28 00:00:18 | 【偽書】シリーズ
「前日勝ち星を挙げながら昨日は大敗でしたが」
「ヘッドの呼依には悪いことをしました。全て自分の自己管理の至らなさが招いた敗戦ですし、コーチや選手はよくやってくれています。やはり野球は楽に勝たしてはくれませんねハハハ…」
もはや取材陣からは笑顔は漏れなかった。
監督の粟山の顔色は、蒼白だったからだ。
ーこの人は具合が悪いにも関わらず、昨夜のあのチーム状況を見て無理して出てきている。
取材陣の誰もがそう思って疑わない。

「で、俺の話はいいから今日の試合について質問してよ」
粟山は取材陣の空気を察知して逆に口を開いた。

「で、では、本日の先発ですが、右の…」
慌てて取材陣は話題を変えるべく先発投手についての質問を始める。



ー「9番セカンド、仲縞拓哉…背番号9」

後攻のブルースカイカントリーズの選手オーダーが場内に流れ終わると、ファンからため息が漏れる。
DHを含めた野手9人は決して成績が悪いどころか、今チーム内で好調のメンバーを当ててあった。
しかしホームの観客達は待っていたのだ。
たとえ不振でも、その一振りでムードを変えてくれるであろう男の名がコールされる事を。

その期待の男は相変わらず黙々とバットを振っていた。
鏡の向こうに映る男に、真剣勝負を挑むサムライの様な眼光で。
アンパイアのゲームの開始を告げるコールさえ聞こえない場所では男の吐く息とバットが空気を擦る音が交互にハーモニーを奏でていた。
あの日あの老人が語った言葉に出てきた『音』を求めて、サムライは求道者として、鏡の中でこちらを睨む男を越えて行こうともがいていた。


「青葉を呼べ」
ベンチで小差ながら終盤ビハインドの戦況を眺めていた指揮官は三試合振りに男の名を呼ぶ。
観客達が待ち望んでいた男、今は決してデータでは成績が振るっているとは呼べない男を。



「ヤチ。あのご夫婦へ招待券は送ってくれた?」
「はい、今日と明日の試合のチケットで。左打席の音を聞きやすい様に一塁側、打席最短距離の席を二枚づつ」
試合前、マネージャーの返事に頷くと、青葉は「サンキュー」とだけ礼を言ってドレスルームに向かう。
今日チャンスが与えられるかは分からない。しかし大型連休前ホームでの試合は残り少ない。今日出番が無ければ次は苦手チームの左投手だから尚更チャンスは減るだろう。

【偽書】短期集中掲載『来夢の扉』…青葉起(た)つ 10

2014-02-27 05:25:58 | 【偽書】シリーズ
「勝利さん。我々どうすればいいんですか」
投手陣を束ねる宮東と、移籍二年目にして野手を束ねる大押は声を揃える様に青葉に詰め寄る。

「こらこら。お前達、打撃不振で冷や飯喰らわされてるオッサンを苛めるなや」
天野美琴はいきり立つ二人をなだめつつも、振り返り青葉の顔を見る。
「とは言え、このままだと、昨年よりヤバいよな。昨年はチーム自体不振傾向だったけど、今年は個々人はそれほど悪くない。ただ、ただきっかけが無いんだよな。チームやベンチ、ファンを巻き込んで巻き返すムードってやつは、簡単には起こせないにしろ、何とかせねばチームの活気も萎んじまう」

「俺がやるよ」
青葉はハッキリした口調で居合わせる中堅選手らに答える。

ミーティングルームに集まった約十人の投手野手の主要メンバーは、一斉に青葉の方を向く。

「やる、って。まさか監督代行とか?」
「まさか。不振の俺がそんなのやっても勢いなんか生まれないよ。俺は選手だ。選手がやることはひとつだろ」


後にその場所にいたある選手はこう語る。
「マジ怖かったす。あの温厚な青葉さんが、鬼気迫る勢いでいきなり立ち上がったんですよ。バットを持って。居合わせたメンバー全員ぶんなぐられるかと身構えましたよ。勿論そんなことはせずに、青葉さんはバットを持ったままベンチ裏のドレスルームへ素振りをしに向かったんですけど、間違いなく背中にはメラメラ燃える紅蓮の炎見えてましたから。そして翌日のあの件ですからね。本当に驚きましたよ。あれでチームもムードが変わったんです。やはり青葉さんは凄いですわ。ほんま」




「ご心配かけました。大事を取っての精密検査と一日中安静を取って、ご覧の様に元気です」
粟山を取り巻く取材陣達は、“いやいや、顔真っ青ですから”とも言えず、ひたすら談話をメモしたりICレコーダに録音する事に専念せざるを得なかった。

「青葉選手は二試合出番が有りませんが、抹消もされていませんよね。曖昧な立場にあると思いますが、出す、下げるのご判断は?」
敢えて地雷を踏みに出た新婚のアナウンサーは独特の関西弁で粟山に問うた。

「出しますよ。出すつもりだから貴重なベンチ枠に入れているんどすぇ」
慣れない京都弁で粟山は答えた…んどすえ。

【偽書】短期集中掲載『来夢の扉』…青葉起(た)つ 9

2014-02-25 22:30:54 | 【偽書】シリーズ
「誠に残念です。私の力不足で」

取り囲む報道陣の前で、監督代行を務めるヘッドコーチの呼依は発言内容と同じく力ない声で昨日の勝利を受けて連勝のかかる今夜のナイターを落とした弁をしどろもどろに語る。

「粟山監督には何と報告されますか?」
代表インタビューを束ねる本日のナイター放送局アナウンサーの問いに呼依ヘッドコーチは俯いてボソボソと何かを呟く。



「あー。あれじゃあ場へ引き出された家畜みたいなムードだねぇ。急に監督代行なんてやらされて急に勝てるなら誰も苦労しないよ、くらい言ってやればいいのに」
「あの人にそんな活気無いよ。良くも悪くも粟山さんの戦友であり良き理解者なだけで、粟山さんの代わりにチームを率いてやろうなんて野心家じゃないからね」
「せめて作戦コーチに監督代行させればいいのに。フロントも日和見過ぎないか?」
市井のファン達の酒のみ話ではあるが、これが選手間の会話であってもさほど内容は変わらなかったかも知れない。

チーム内が浮き足立つ中、先発の若き右の成長株外村衛の先頭打者への死球から始まった試合は、ボタンを掛け違えたどころかユニフォームの代わりに浴衣を着た様な違和感だらけの攻守を繰り返すナイン、とりわけ若き捕手とのサインミスを繰り返した外村衛の満塁ホームランを含む二回8失点を喫し降板した時点で、ゲームの大半を決していた。
後を継いだ社会人ルーキーが後続を抑えるも、次の回まで引っ張った末に連打の糸口を掴まれて、断ち切ったはずの負の連鎖を新たに産んでしまう悪循環。

更には反撃機での俊足自慢の東川の盗塁死の後に主砲大空大地の空砲が出るわ、外野の名手蝶がフェンスに激突しながら捕球に出たボールを落球し見失うなど、らしくない悪い流れを断ち切るには、唯一ベテランで先発していた天野美琴ひとりでは埒があかない話であった。

日頃温厚なファンですら、
「監督が居ない時に踏ん張らないでいつ踏ん張るの?今でしょう」
など、流行遅れの話を交えた罵声を浴びせられるに至り、苦笑する事さえ出来ないナインは足早にベンチ奥に消え、チームのマスコットキャラクター二匹が場内を詫びて回る事態となる。

そんな中、二試合続いて出番が無かった青葉勝利はバットストックから自分のバットを抜き去り、静かにケースにしまい込んで一礼しグラウンドを後にする。


やがて観客席が盛り上がる対戦チームファンだけになり、19対3と大差のついた試合結果を示すオーロラビジョンのスコアボードが消灯される。

【偽譜】ジャンキー・サクソフォン 17

2014-02-24 04:09:46 | 【偽書】シリーズ
「アンコール」

「アンコール」

鳴りやまないホールの歓声。

狂った様なオーディエンスの嬌声。

全てはミキへの称賛だった。


ホールツアーは、嬌声溢れて終わりを告げた。

集中するツアーに、正直スタッフを含めてオレ達の疲れはピークに達している。それは心地良い疲れを残したものだった。

連日背広の奴は、イベンターやマスコミからの問い合わせに追われて、携帯を片手に忙しなくスケジュールを手帳に書き込んでいる。

「よう。大将、どうだい、景気はよぅ?」

白パンが後ろから景気良くオレの肩を叩く。

「痛ぇなぁ。バッチリご機嫌な夜だよ」

出演者やサポートメンバーに大入り袋を手渡しながら、白パンがオレの返事に答えた。

「それはヨカッタ、アサカッタ」

何だ?それは…

大体この白パンには謎がある。

それは…



一体何本白いパンツを持っているんだって事。

スラックスは勿論、やたらと型の古いホワイトジーンズだけでもかなりあるぞ。
しかもそれはみんな同じ型番だ…多分。

どこぞの倒産したジーンズメーカーからかっぱいで来たのかよ?

オレの視線に気付いたのか、白パンは最後の大入り袋をオレに差し出しながら言った。

「ムサシの大将よぅ。どうしたんだい?俺のこのジーンズでも欲しいのかよ。いいぜサイン入れて進呈しても」

「おやじギャグの加齢臭のするジーパンなんてゴメンだね」

やり取りをそばで聞いていたベー子がスポーツドリンクの紙コップを口から放しながらオレに言った。

「ムサシのダ・ン・ナ、こう見えてもこの“ダンナ”はかつてギターの加納ちゃんと組んで、女の子をキャーキャー言わせていた人気ボーカルさんだったのよン。当時なら着ている物にサインくれるなら、お礼に履いてるパンツだって脱いだわね」

それを頷きながらニヤニヤ聞いている加納こと親父ギター。

不思議そうにミキがベー子に尋ねた。

「履いてるパンツ脱いだら、帰りはノーパンじゃないですかぁ?」

腰掛けていたストールからずり落ちながら、ベー子は呆れて笑う。

「ミキたん。帰りはしっかり“ダンナ”がタクシー手配してくれるわよ。それとも直々に送り届けカナ?」

「お持ち帰りの間違いじゃあないの?」

ノッポが腹を抱えて笑いながら呟く。

「適当な事ほざいてんじゃあないよ」

白パンが火のついていない煙草を咥えながら呆れて言った。

【偽譜】ジャンキー・サクソフォン 16

2014-02-23 00:28:52 | 【偽書】シリーズ
「それじゃあ、次の質問ですが、あなたのライバルや目標の人はいらっしゃいますか?」

「目標は、全ての人ですね。ライバルは自分…です」

テレビの向こうでインタビューに受け答えしている女性に、白パンはこう訂正した。

「目標は自分、ライバルは自分の回りの全てのシンガーだろ…」

全く、あの城田マリモと縁有りなんて、悪い冗談だぜ。

このオッさんが…?

「何だ?ムサシ、俺の顔に何か付いてるか?」

ああ、付いているとも。アイドルとは不似合いな相が、ね。

「変な奴だな。まあいい。それより歌のお姫様はどうした?」

「ミキなら連日続いたツアーとその移動で、軽い目眩と喉が掠れるとかで、背広…マネージャーと事務所の近くの病院へ行ったぜ」

「あのオタク体質の眼鏡樽の医者の所か。可哀相に、お姫様ジロジロ裸を見られちまって(笑)」

「ふてぇ医者だなァ!」

オレは呆れ返った。

「そう言うな。それが医者の特権だ。それくらいの特権だがな(笑)」

白パンはソファーに深く座り直して白い歯を見せて笑った。

「何だよムサシ。まさかミキの裸を拝んでいやがる医者に焼き餅か?」

「そんなんじゃ無いぜ」

ミキとは音楽で語る仲間、いや、同士だ。

そう言ってやろうと思っていると先に白パンが後に続いた。

「オレ達は同士なんだから、裸とか洋服とかのカンケーじゃあネェよッ!てか?」

その通りだよ。テストなら満点に花丸を付けて回答用紙を返却するよ、生徒白パン君。

オレは返事をせず、モニターの向こうでインタビュアーににこやかに、したたかに回答している“アイドル”の方を見ていた。
何を聞かれ、何を答えていたのか全く耳には入っていなかったが。

それにしても過労が溜まっているのだろうか、ミキは…






「それじゃあ、イキまっかぁ~」

気の抜けたノッポの声の音頭で、メンバーはステージに向う。

心なしか、ミキの顔色が優れない。

「大丈夫か?」

「ん?ああ、別に。何処か変?この髪型似合わないかなあ、ハハハ…」

新しく付いたヘアメイクにいじられて、“無残”な頭を叩いて、ミキは笑った。

作り笑いじゃあないのか?

小さな疑念だった。

それも、ステージに投げ掛けられるオーディエンスの歓声に、あっと言う間に書き消された。


「ミンナ~元気?元気?元気ィ~!」

スポットライトに向かってミキは絶唱した。