76歳の老人二人が、太宰府の紅葉を楽しんだ。二人は中学生からの
親友。落ち合ってから、まず太宰府天満宮に参拝。 展示中の菊を愛で
猿回しの古典的演芸を楽しむことができた。
宮の裏側に回り、茶屋のバンコでひんやりとした空気のなかで餅を
頬張った。この茶屋に最初に来たのが確か51年前のことになる。
よくも覚えていたと我ながら感心する。
この茶店の横に、小さなトンネルがある。飯塚の有名な炭鉱主が
飯塚方面から、そして「かまど神社」から天満宮に入るいるとき
近道をするためにトンネルを掘ったようだ。
口さがない太宰府雀は、トンネル出口の茶屋の小娘「お石」さんに
会うために、トンネルを造らせたのだと話しています。
私はこのことを「ためにする」噂だと考えています。炭鉱主は太宰府の
大鳥居を寄進しているのです。今で言えば「メセナ事業」に当たると
思う。
炭鉱主は柳原白蓮から離縁状を書かれた人ですが、綺麗な人を愛でる
性質の人だったと考えます。男ですね。
私が目にしたお石さんは「大石さん」と呼んでいいような大柄な
着物姿だった。キリリと女将風に髪を結い上げた面長美人だった。
噂が飛ぶのも致し方ないと思ったものだった。
友人はこの茶屋娘と仕事をしたこともあって、名残尽きない様子で
あったので、お石さんの姪御さんとの記念写真を撮ってあげた。
飲酒で青春回想が順調に過ぎたため、我々は夜の街を放歌して歩いた。
出てきた歌は東海林太郎の歌だった。奇妙に歌詞がすらすらと出てきた。
これが老人の記憶の特徴だと気づいた。「昔のことならよう覚えとる」
のに「パソコン操作を習ってもすぐ忘れる」と友人はいった。
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