姉はピアノを売却することを病床から提案してきた。入院費や治療費のことで弟に迷惑をかけたくないという一念だったと思う。姉は左手に麻痺がありピアノを弾くことは出来なくなっていた。でも私としては物凄く迷った。姉の気持ちは嬉しかったけれど、ピアノを弾くことは出来なかったけれど、ピアノ講師として自分の道を切り開いて来た姉だった。幼稚園の教員もしていたが。母の看病で実家に戻ってきた。陶芸の道を志したこともあったが、ピアノを弾くことを生業とすることになった。姉が生きている間はピアノはそのままにしてあげたかった。ピアノを弾くことは出来なくなっていたが、せめて椅子に座って、ピアノに向かって欲しかった。鍵盤に指を置いて欲しかったのである。元気よく力強く、あるいは華麗にピアノ弾き語っていた頃を思い出すのであった。その姉がピアノを手放す、そういう決意をしたのだった。ピアノを買い取ってくれる業者のチラシを見せ、迫ってきた。私は躊躇した、ずっとずっと延ばしに延ばしていた。病院の待合室、ロビィーで口論になって、看護師さんが気遣ってきてくれた。後日、ピアノの業者が来られて、ピアノは跡形もなくなった。姉が座っていたピアノ専用の椅子は暫くおいておいた。メトロノームや楽譜、ブァイオリンは残しておいた。主のいないピアノ椅子はとっても寂しそうだった。それでメトロノームを[on[にした。