このブログを始めたのが2007年5月16日、5月25日現在1479日目です。4年と数日になります。2006年12月27日に姉は旅立ちました。「姉の旅立ちを決して無駄にしない」という一念からスタートしました。このブログを続けてこられたのはリンクをさせて頂いているご本人、そしてご本人を支えてみえるご家族のみなさんのお力添えによるものです。小生の拙い投稿を見るに見かねて、珠玉のコメントを寄せていただいてこのブログが今日まで続いています。リンクにご協力をいただいているみなさん、秀逸なコメントを寄せていただいているみなさんに、心より御礼を申し上げます。今、この瞬間も、ご本人に寄り添ってみえるご家族のみなさん、病に向き合ってみえるご本人、また旅立ちを見送った方々、その想いを直線に並べることはできません。想いはそれぞれであろうかと思いますが、その立場の違いよりも脳腫瘍のご本人、ご本人を支えているご家族、ご本人を支えられたご家族の共通項、「脳腫瘍という病に向き合う」という一致点を大事にしながら、その想いを交流できる場になればと願っています。どうかご家族のみなさんがお一人で抱え込むことなく、想いを吐露できる場になればと願っています。「交流の場」といいながら、いつも応援をいただき、叱咤激励されているのは小生自身であります。ブログを閉じようと思うときもあるのですが、そんな時にきまってブログにコメントが寄せられるのです。そして自分自身の最上の学びの場のひとつになっています。今後ともご支援とご協力を宜しくお願い申し上げます。想いを重ね合わせ、響かせて参りましょう。病に向き合われるご本人、とりわけご本人を支えるご家族のみなさんの背を押すものとなれば、望外の幸せです。2011年5月25日そよかぜ記
交流の場に集うみなさん、本年も宜しくお願いいたします。ご本人のみなさんはもちろんのこと、サポートされるご家族のみなさん、本年もささやかですが、姉の旅立ちを見送った者として、姉の介護をしながら思ったことを綴って参りたいと思います。このブログにリンクしていただいているご本人、あるいはご本人を支えるご家族の方々のブログから大いに学びつつ、生命(いのち)の重さ、尊厳というものを見つめ直していこうと思います。この場をお借りしてリンクさせていただいている方々に心より御礼を申し上げます。このブログはご本人を支えるご家族のみなさんが、特にキーパーソンになられるみなさんが、おひとりで悩まれることなく、おひとりで抱え込まれることなく、思い(想い)を出していける場になればと思っています。どうかご遠慮されることなく思い(想い)を綴っていただけたらと思います。この病は難敵です。こんなことを綴るのは恥ずかしいとか、綴っている途中で思い(想い)が纏まらなくなってきたとか、そんなご心配はご無用になさってください。思い(想い)を綴ることによって不安なお気持ちを整理することもできるかもしれません。思い(想い)を綴ることによって、お気持ちが穏やかになるかもしれません。そうすることによって「病に向き合う」準備ができるかもしれません。小生は脳腫瘍の姉の介護(ケア)をし、旅立ちを見送った者でしかありません。もちろん医療関係者ではありませんので治療についてはこれまで同様コメントはできません。ご家族のみなさんがすこしでもゆったりゆったりご本人を見守り、支えられる、それができればと思います。そして小生自身も大いに学ばせていただきたいと思います。
2010年2月12日そよかぜ記
2010年2月12日そよかぜ記
病院の見える風景
九階の病棟が私には見えるのだ
誰にだって見えるのだけれど
姉が病室から微笑んでいるように
陽光が眼にまぶしいときも
雨風が頬に吹きつけるときも
姉は見ていたのだろうなぁ
姉が窓から観た光景は
空が我が物顔に広がり
道路が軽快に走って
未来を担う学生たち
元気な頃は背筋を伸ばして
ベッドから眺めていたのだろう
車椅子に乗って屋上から
姉の目に映った光景は
家から車を出すと
雲間にしゃなりと病院が座っている
姉がお世話になった病院は車でなら30分で行けます。
ちょっと団地から足を伸ばしても、車を出してもよく見られます。
夜間でも病棟に照明があるので夜空にぼんやりと見えるのです。
姉の病を思い出として綴ってよいのか迷いがあります。
今、この一瞬も病に向き合われているご家族のみなさ
んに失礼であるように思います
九階の病棟が私には見えるのだ
誰にだって見えるのだけれど
姉が病室から微笑んでいるように
陽光が眼にまぶしいときも
雨風が頬に吹きつけるときも
姉は見ていたのだろうなぁ
姉が窓から観た光景は
空が我が物顔に広がり
道路が軽快に走って
未来を担う学生たち
元気な頃は背筋を伸ばして
ベッドから眺めていたのだろう
車椅子に乗って屋上から
姉の目に映った光景は
家から車を出すと
雲間にしゃなりと病院が座っている
姉がお世話になった病院は車でなら30分で行けます。
ちょっと団地から足を伸ばしても、車を出してもよく見られます。
夜間でも病棟に照明があるので夜空にぼんやりと見えるのです。
姉の病を思い出として綴ってよいのか迷いがあります。
今、この一瞬も病に向き合われているご家族のみなさ
んに失礼であるように思います
姉のバイオリンは弦楽器の得意な奏者にプレゼントした。私の手元に置いておいても、楽器としては奏でられなかったら張り合いがないという選択である。ピアノは姉の治療費に役立てるという姉の提案で、小生としては「苦渋」の選択であったが、バイオリンは良い弾き手に巡り合えたので良かったと思う。今日はワンコイン・コンサート(500円)があって新進気鋭の若手のピアニストの音楽を聴いた。素晴らしい演奏だった。ピアニストが外国の方だったので、ピアノ演奏にはナビゲーターが付いて英語の通訳もされていた。生の英語を聴くことも出来た。ピアノ演奏を聴くたびに、どうしても姉のことを思い出してしまう。姉の教え子のピアノの発表会を聴くことはなかったが、もう一度聴いてみたい気がする。バイオリンを弾く姿はもちろん、姉の奏でるバイオリンの音色も一度も聴いたことはない。姉が好きだった曲は知らないので、自分の好きな曲を友人に依頼して弾いてもらって録音して姉に聴かせてあげようと思います。介護の仕事をしているので、利用者さんにはよく音楽を聴いてもらっている。利用者さんと一緒に唄っています。友達に誘われて合唱団に入った。音楽療法に繋がれば良いと思っています。ギターはともかくピアノは頑張ってみようかと思う。オクターブの音域を探るために、片手で弾けるようになればと思う。両手でピアノが弾けたらと思うが、自分の健康のためだ!姉から「乱心」と囁かれそうです。
自力歩行が難しくなって、買い物をするときは車椅子を活用することが多くなった。買い手が購入する商品を覗き込むようなケースが多くあった。健常者なら中腰になって覗き込めばなんということはないが、商品を一つ一つ手に取るのはやややっかいである。車椅子に乗っている姉からは展示ケースの商品が見にくい。もちろん介助者がどんな商品があるか説明をしたり、手に取って見せてやれば分かりやすいだろうが・・・・・。冷凍食品やいろんな商品があり、展示の方法もいろいろと工夫がされていると思いますが、車椅子に乗った姉からは商品が見えたのだろうか?もう何年も前のことですから、改善されているとは思いますが、車椅子でなくても足腰が不自由な方もみえるし、背伸びしたり、手を伸ばすのが難しい方もおみえだと思います。
脳腫瘍の体験者が脳腫瘍の患者をサポートするということ。
脳腫瘍の体験者というのはもちろん脳腫瘍の患者さんご自身です。その体験者(患者さん)が、「脳腫瘍」とドクターから告知された方の想いを聴かれたり、脳腫瘍のオペをされた方の想いを聴かれる、抗がん剤を服用されたり、放射線治療などを受けてみえる方々の想いを聴かれる、脳腫瘍を治療を受けられている方々の想いを聴くことが大事だと思うのです。脳腫瘍の患者さんの想いと言っても、脳腫瘍の病状や治療法に関わる不安のみならずそれは仕事のこと、家族のことなど多方面にわたるものと思います。脳腫瘍のご本人だけにしか、分らない、感じられない不安があると思うのです。そういう想いの交流が出来ればと思います。脳腫瘍を生きてみえる、その生の営みを綴ってみえるご本人のブログはご本人は意図されていなくても、脳腫瘍のご本人から寄せられるコメントへのレスポンスは「脳腫瘍の体験者が脳腫瘍の患者をサポートする」「脳腫瘍の体験者が脳腫瘍の患者さんの想いを聴く」ということになると思います。このブログで大切にしていることは脳腫瘍のご本人を支えるご家族に、ご本人を支えているご家族、あるいはこれまで支え、お別れされた家族の方々が想いを綴ること、想いを寄せることです。それはもちろん貴重なことだと思いますが、このブログでも脳腫瘍を患うご本人から貴重なコメントが寄せられています。脳腫瘍のご本人が綴られる貴重なコメントです。もちろんご本人は意識(意図)されてはいないのでしょうが、結果としては「脳腫瘍の体験者が脳腫瘍の患者をサポートする」ということになっていたり、脳腫瘍の体験者がご本人を支える家族の方をサポートするということになります。脳腫瘍のご本人が脳腫瘍のご本人の想いを聴くこと、脳腫瘍のご本人がご本人を支える家族の想いを聴くことは特別な意味があること思います。もちろん脳腫瘍の体験者というのは脳腫瘍の患者さんであり、脳腫瘍を生きられるご本人である。脳腫瘍を生きてみえるわけですから、ご無理をされず、ゆったりゆったり綴っていただければ幸いである。脳腫瘍のご本人にとっても、ご本人を支える家族にとってもとても貴重なものです。プレッシャーをかけるつもりは毛頭ありませんが、多くのことを学ばせていただいています。
脳腫瘍の体験者というのはもちろん脳腫瘍の患者さんご自身です。その体験者(患者さん)が、「脳腫瘍」とドクターから告知された方の想いを聴かれたり、脳腫瘍のオペをされた方の想いを聴かれる、抗がん剤を服用されたり、放射線治療などを受けてみえる方々の想いを聴かれる、脳腫瘍を治療を受けられている方々の想いを聴くことが大事だと思うのです。脳腫瘍の患者さんの想いと言っても、脳腫瘍の病状や治療法に関わる不安のみならずそれは仕事のこと、家族のことなど多方面にわたるものと思います。脳腫瘍のご本人だけにしか、分らない、感じられない不安があると思うのです。そういう想いの交流が出来ればと思います。脳腫瘍を生きてみえる、その生の営みを綴ってみえるご本人のブログはご本人は意図されていなくても、脳腫瘍のご本人から寄せられるコメントへのレスポンスは「脳腫瘍の体験者が脳腫瘍の患者をサポートする」「脳腫瘍の体験者が脳腫瘍の患者さんの想いを聴く」ということになると思います。このブログで大切にしていることは脳腫瘍のご本人を支えるご家族に、ご本人を支えているご家族、あるいはこれまで支え、お別れされた家族の方々が想いを綴ること、想いを寄せることです。それはもちろん貴重なことだと思いますが、このブログでも脳腫瘍を患うご本人から貴重なコメントが寄せられています。脳腫瘍のご本人が綴られる貴重なコメントです。もちろんご本人は意識(意図)されてはいないのでしょうが、結果としては「脳腫瘍の体験者が脳腫瘍の患者をサポートする」ということになっていたり、脳腫瘍の体験者がご本人を支える家族の方をサポートするということになります。脳腫瘍のご本人が脳腫瘍のご本人の想いを聴くこと、脳腫瘍のご本人がご本人を支える家族の想いを聴くことは特別な意味があること思います。もちろん脳腫瘍の体験者というのは脳腫瘍の患者さんであり、脳腫瘍を生きられるご本人である。脳腫瘍を生きてみえるわけですから、ご無理をされず、ゆったりゆったり綴っていただければ幸いである。脳腫瘍のご本人にとっても、ご本人を支える家族にとってもとても貴重なものです。プレッシャーをかけるつもりは毛頭ありませんが、多くのことを学ばせていただいています。
脳腫瘍と他のがん(消化器、呼吸器他)とではその症状や治療法は異なるところはあると思いますが「家族ががんになったとき 患者さんを支える6か条」「がんと心 がんと向き合う“こころのケア”」は編集・発行が国立がんセンターがん対策情報センターです。前者では4の項目に患者さんを支える家族のための6か条、5の項目に「患者さんと話をするときの3原則」が記されています。家族としてご本人と話しするとき、なかなか「普段どおりのコミュニケーション」というわけにはいきません。なかなか思い通りにはいきません。励まそうと思って、病室に足を運んでも、ご本人の顔を見るとなかなか言葉が出にくかったことはありませんか、またご本人はもちろんのこと、ご本人を支えるご家族にとっても、知らずしらずのうちにストレスが溜まって、心や体の不調をきたすことがあると思います。とてもわかりやすく記されていますのでご活用いただければ幸いです。また「がんと働く」リワークノートがNPO法人キャンサーリボンズから発行されています。「リワーク」とあるように職場復帰に向けての冊子です。リワーク準備期「職場復帰前・治療中」リワーク直後期「治療と仕事の両立」リワーク安定期「治療一段落・寛解期」と記されておりこれもご活用いただければと思います。紹介した冊子は全てパンフレットでもちろん無料です。総合病院の相談センターなどに置かれていますので是非お読みいただければと思います。
下手な写真の数々、または脳腫瘍に関する記憶。Number of clumsy snapshots, or recording and storage on the brain tumor.(みつおさん) http://kirifuki.jugem.jp/ 脳腫瘍に向き合われるご本人のブログ、秀逸な写真、音楽のご紹介も必見です(そよかぜ)
お兄様を支えようとヘルパーの資格の取得中,老人ホームで体操を教えてみえるインストラクター 高齢者に寄り添われる姿勢は暖かくて、視線も高齢者と同じ目線です!(そよかぜ) http://blogs.yahoo.co.jp/itutoshi_0612
2008年9月元気だった姉が突然病に倒れました。病名は「神経膠芽腫G4」突然の出来事にどんな生活になるのやら。(自己紹介より)
http://blog.goo.ne.jp/smileflower_2009
お姉様の病に向き合い、お母様共々寄り添われるお姿に心動かされています。ハードルをひとつひとつクリアーされていくご様子、ユーモァーありペーソスあり、でもしっかりと前を向いて歩んでみえます。学ぶことの多い価値あるものです。しっかりと学びあいましょう(そよかぜ)。
http://blog.goo.ne.jp/smileflower_2009
お姉様の病に向き合い、お母様共々寄り添われるお姿に心動かされています。ハードルをひとつひとつクリアーされていくご様子、ユーモァーありペーソスあり、でもしっかりと前を向いて歩んでみえます。学ぶことの多い価値あるものです。しっかりと学びあいましょう(そよかぜ)。
眼を開けば僕がいる。**BNCTに夢を託して**
悪性脳腫瘍の妻との闘病生活を最新の治験療法(BNCT)や免役療法を交えて・・・。http://blog.goo.ne.jp/dream-quijana
光尽きるまで 2011-12-01 最終投稿 (ポラリスさん)
奥様に寄り添われるポラリスさんの想いは常に具体的で行動的です。みなさんとご一緒に読み継ぎ学びたいと思います(そよかぜ)。
悪性脳腫瘍の妻との闘病生活を最新の治験療法(BNCT)や免役療法を交えて・・・。http://blog.goo.ne.jp/dream-quijana
光尽きるまで 2011-12-01 最終投稿 (ポラリスさん)
奥様に寄り添われるポラリスさんの想いは常に具体的で行動的です。みなさんとご一緒に読み継ぎ学びたいと思います(そよかぜ)。
Yと脳腫瘍
2011年5月。30代前半で脳腫瘍を発症しました。(リリーさん)
http://lily100100.blog.fc2.com/
脳腫瘍を生きるリリーさんのブログです。病に真摯に向き合われて、想いを
綴られています。自然体の文面から、ご本人の想いを探れる、貴重なブログです(そよかぜ)。
2011年5月。30代前半で脳腫瘍を発症しました。(リリーさん)
http://lily100100.blog.fc2.com/
脳腫瘍を生きるリリーさんのブログです。病に真摯に向き合われて、想いを
綴られています。自然体の文面から、ご本人の想いを探れる、貴重なブログです(そよかぜ)。
きっときっと 届け、届け あなたへ 私の想い
あなたの想いを「きっときっと 届け、届け あなたへ 私の想い」として綴ってください。ご本人からは音声としてはお返事がかえってこないこともあるでしょう、でもお顔の表情からははっきりと意思表示をされてみえると思います。お手をぎゅっと握ってあなたの想いをお伝え下さい。お耳の傍で囁いてあげてください
あなたの想いを「きっときっと 届け、届け あなたへ 私の想い」として綴ってください。ご本人からは音声としてはお返事がかえってこないこともあるでしょう、でもお顔の表情からははっきりと意思表示をされてみえると思います。お手をぎゅっと握ってあなたの想いをお伝え下さい。お耳の傍で囁いてあげてください
平成22年4月…
大事な人が【脳腫瘍】になりました。
同時に【大腸癌】再発も見つかり、一年後の平成23年4月に…還らぬ人となりました。
私にとって、生きる同士…生きる糧、自分の全てでした。
彼女の軌跡を遺したい。(プロフィールより)
http://ameblo.jp/hiyoku-persona/
Mさんへの想いを気取りなく綴られる比翼さんのブログ。お寂しい想いを受けとめながら、一歩一歩、生を重ねられる、新たな人生に舵をきられる比翼さんです(そよかぜ)
大事な人が【脳腫瘍】になりました。
同時に【大腸癌】再発も見つかり、一年後の平成23年4月に…還らぬ人となりました。
私にとって、生きる同士…生きる糧、自分の全てでした。
彼女の軌跡を遺したい。(プロフィールより)
http://ameblo.jp/hiyoku-persona/
Mさんへの想いを気取りなく綴られる比翼さんのブログ。お寂しい想いを受けとめながら、一歩一歩、生を重ねられる、新たな人生に舵をきられる比翼さんです(そよかぜ)
ひまわりママの脳腫瘍闘病記2(~ひまわりのように いつもおひさまのほうをむいて~
28才で発症した2人のまま。4度のオペを経て身障1級になりました(ひまわりさん)
http://blog.goo.ne.jp/mary-himawari/
ご本人はもちろんことご家族が力を合わせて病に向き合われている記録です。ご本人はもちろん、サポートされるご家族のみなさんを鼓舞する貴重な闘病記です。(そよかぜ)
28才で発症した2人のまま。4度のオペを経て身障1級になりました(ひまわりさん)
http://blog.goo.ne.jp/mary-himawari/
ご本人はもちろんことご家族が力を合わせて病に向き合われている記録です。ご本人はもちろん、サポートされるご家族のみなさんを鼓舞する貴重な闘病記です。(そよかぜ)






