竹内しげやす 市政チャレンジ日記

新米議員から四期目を向えて市政にチャレンジする奮戦記。
一歩一歩目標に向け前進する日々の行動を日記風に。

三谷の地名の由来・字名 と 在りし日の三谷温泉ロープウェイ

2014年03月29日 | 一般
 三谷の地名の由来についてはいろいろな説があるが、奈良時代の頃、現在の三谷や大塚、豊岡や平田辺りが「美養郷」と呼ばれていたことからだろう。また、昭和63年に平城京跡の発掘調査中に大量の木簡が出土し、その中の一枚に「美養郷」と記された一枚があり、そのレプリカは、現在市の博物館に展示されている。
 三谷の旧字名は下の図のとおりである。


一舗から十舗は、明治時代の地租改正に伴い、新たに当時の市街地を割り振ったのであり、近世以来の「東新屋(ひがしあらや)・上げ(あげ)・松葉(まつば)・中浜(なかはま)・中屋敷(なかやしき)・西新屋にしあらや)」六区画を十に分けてできたものである。これは、斬新な字名の変更であり、今でも残されている。また、二舗周辺は、現在の松区であり、かつては「松葉」と呼ばれており、祭主の家柄が「松場」に由来していて、元禄年間といわれる三谷祭発祥の地である。
 ただ、区画整理で消えてしまった字名も少なくない「天伯」がよい例であるが、信号や公園などにその名が残っている。
字名を変更した理由としては、区画整理に合わせて、すっきりとわかりやすくしたかったことがあげられる。新字名には、「水神町通」、「港町通」、「弥生一丁目~三丁目」、「三谷北通一丁目~五丁目」、「東一丁目~五丁目」などがある。確かにわかりやすくはなったものの、昔からの由緒ある字名が消えてしまったのは少し寂しい気もする。

                                            続 今昔の三谷より

在りし日の三谷温泉ロープウェイ

少し方向が異なるが、ナイター運行時の写真。
当時の資料を読むと、夏季営業時は香水カーとして香水の香りが楽しめるようになっていたとある。
昭和34年は資生堂提供でジャスミンとヘリオトローブとなっていた。ジャスミンはともかく、「ヘリオトローブ」って「屁の音ブーブ」に似てるから臭そうだ。


現存しない発着所の屋根や付帯施設が確認できる。


弘法山駅から撮影した営業時の写真。
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