キリスト教徒がパレスチナ移民に浴びせたある一言がきっかけで、国家を巻き込む法廷劇にまで発展していく騒動を描いた、レバノン発のヒューマンドラマです。
判決、ふたつの希望 (L'insulte / The Insult)
レバノンの首都ベイルート。住宅街の補修工事を行っていたパレスチナ出身の現場監督ヤーセルは、勝手に配管工事をされたと怒るレバノン人のトニーと口論になります。やがてトニーが言い放ったある一言に激高したヤーセルがトニーを殴りつけ、ふたりの対立は法廷へと持ち込まれますが...。
レバノン映画を見るのは初めてです。パレスチナ・イスラエル問題についてはかつて映画「オマールの壁」など見て多少なりとも理解していましたが、レバノンとパレスチナの関係はどうなのか。本作は小さな諍いに端を発する法廷劇となっていますが、レバノンの歴史や現在の社会問題についても知るきっかけとなりました。
そもそもレバノンはどこにあるのか。地図を見るとイスラエルと国境を接していて、これまで多くのパレスチナ難民がレバノンに押し寄せたことが想像できます。そしてレバノンはかつてフランスに統治されていた歴史があるのですね。会話に時々フランス語が交り、国民の40%がキリスト教徒というのも納得しました。
トニーはばりばりの極右政党支持者であり、もともとパレスチナ移民を快く思っていなかったようです。彼がいつもいらいらしていて攻撃的なのが気になりましたが、悪いことはすべて移民のせいという思い込みがあるのでしょう。一方、ヤーセルは確かな仕事で上司の信頼を得ていますが、不法滞在であり、国の中では弱い立場にあります。
ふだんは温厚なヤーセルがかっとしたのは、トニーの「シャロン(イスラエル元首相)に殺されたらよかったんだ!」ということば。シャロンはかつて最もパレスチナに強硬姿勢を貫いたイスラエルの政治家であり、「オマールの壁」に出てきたパレスチナの分離壁を作らせたのも彼なんですね。
そして法廷では、今回のトラブルの直接の原因ではありませんが、トニーのバックグラウンドである、レバノンの悲しい歴史も明らかになります。トニーは幼い頃に故郷の町ダムールが虐殺を受けた時の生き残りだったのでした。虐殺の真相はわかっていませんが、トニーの一族は今なお克服できない深い悲しみの中にいるのです。
言ってはならない一言を言ったトニーと、その彼を殴ったヤーセル。それぞれが背負った重い過去が起こしてしまった行動ですが、どちらも相手をそこまで責めてはいないのに、引くに引けない状況になってしまった。そんな2人が判決が出る前に、お互いを受け入れ、和解する姿に心を打たれました。
対立する2人の弁護人が父娘という設定もおもしろい。保守的で権威主義的な父親と、弱者を支えるために奮闘している娘。裁判官のひとりが女性であるのも心強く思いましたが、この映画では誰もが願う、異なる価値観を認め合う理想の社会が導かれていると感じました。