中原聖乃の研究ブログ

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サンゴ礁の水

2015-06-04 10:27:35 | マーシャル諸島の紹介

 

 マーシャル諸島は、火山島ではなく、環礁(写真)というサンゴの島から形成されています。環礁とは、海底に沈降した火山の火口部分にサンゴが付着して成長してできた地形です。海面以上に成長すると島になり、あまり成長しない部分は水深1、2メートルくらいの浅瀬になります。一つの環礁には、ところどころパスと呼ばれる深みがありますが、それ以外は干潮時には歩いて隣の島まで行くことができます(写真)。

 この環礁、標高はほぼ2メートル。山がないので川もありません。でも、島には鬱蒼と木が生い茂っていますが、水はどうなっているのでしょう。

  秘密は地下水です。雨が降ります。この雨は、サンゴの地面に浸みこみます。穴がたくさんあいた「多孔質」のサンゴに、雨がしみこんでいきます。おばあちゃんがお風呂でかかとをこするのに使っていた軽石のようなものでしょうか。もちろん多孔質なので、島の側面からは海水も浸み込んできます。でもこの海水と雨水はほとんど混ざらないのです。なぜなら比重が違うからです。海水は塩を含んでいるため雨水よりも重く、上から浸みこんできた雨水は、海水の上に浮く形になるのです。浮くといっても淡水レンズ層は50メートルもの深さに達するそうです。これを発見した人の名前に因んで、この原理はGhyben-Herzberg principleと呼ばれています。日本語では淡水レンズといいます。

 ちょっとむつかしいので、私の現地調査時の記録をアップします。環礁を構成する一つの小島の断面図です。小島の端はしばらく遠浅のサンゴ礁が続きますが、外洋側では突然切り立った絶壁になります。淡水レンズ層はかなりの広がりがあることが研究によってわかってきているそうです。

 

 太平洋の人々の起源は東南アジア島嶼部や台湾です。だから、数字を初め、似た単語がいくつもあります。フィリピンでマゼランを殺害したのは「ラプラプ王」ですが、マーシャル諸島でも王のうち大きな支配力を持つ王は「ラプラプ」と呼ばれています。実はこの言葉は語源が同じなのか、ただ偶然の一致なのか私はわかりません。マーシャル諸島の人々は、約1500年前にパラオやツバルなど様々な場所を経由して、大移住してきた人たちです。もちろん、一人ひとりに焦点を当てると、大移住という感覚はなく「隣の島へ移住する」こともあったという程度でしょう。たまたまマーシャル諸島のとある島にたどりついた男は、標高が低くても植物が茂っているのを見て、あるいはちょっと掘ると水がしみ出てくることを知って、生きていけることを確信したはずです。そして星をナビゲーションとして、住んでいた元の島に戻り、植物の種、豚、鶏、犬、そして家族を伴って新天地に移り住んだのでしょう。

 

 夫が見つけた新天地への移住を妻や子供たちはワクワクしてついて行ったでしょうか?いいえ、そうとも限りません。どの時代にも出不精の人はいるし、移住を巡って大喧嘩になったかもしれません。「隣のおうちは移住していったわ。この前も洪水になって地下水がだめになったじゃないの?どうしてうちは行かないの?あなた怖いの?」などという逆パターンの喧嘩もあったかもしれません。

 この淡水レンズにも弱点があります。それは上から塩水がしみこんでくることによって、簡単に破壊されることです。標高の低いマーシャル諸島の環礁の島々は、台風や高潮などで海水が一方の側から反対側へと流れることがあります。そうなると、島の表面から浸み込んだ海水が、淡水レンズ層を破壊してしまうのです。ココヤシは枯れることはあまりありませんが、パンノキ、タコノキ(写真)カボチャといった植物は塩分に弱いらしく、枯れていくことがあります。もちろん、淡水レンズは離島では洗濯や水浴びなどの生活用水でもありますから、人もせっかく掘った井戸(写真)を捨てて移住しなくてはいけません。私が調査していた2000年には滞在先のメジャト島で大きな被害がでて、島内の別の場所に移り住んだ例がありました。都市部の場合は水道があるので、移住はしてないようです。

 現在では温暖化による海面上昇や洪水の発生により、淡水レンズが破壊されることが多くなっています。もちろん洪水の発生は、温暖化だけではなく、便利になるようにと、島と島を結びつける道路の建設(写真)などにより、潮の逃げ道がなくなったことで島に海水が押し寄せる洪水も起こっているようです。いずれにしても、いまマーシャル諸島で頻発する洪水は人為的なものと見て間違いないようです。

 

(Dirk HR Spennemann, “Freshwater Lens, Settlement Patterns, Resource Use and Connectivity in the Marshall Islands.” を参考にしました。)

 


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