中原聖乃の研究ブログ

研究成果や日々の生活の中で考えたことを発信していきます。

4月1日付けで、北九州市立大学地域共生教育センターの特任教員に着任しました。

2022-04-29 19:47:08 | 日記

4月1日付けで、北九州市立大学地域共生教育センターの特任教員に着任しました。

前職の総合地球環境学研究所では、超学際研究のプロジェクトのメンバーとして、びわ湖の水草問題、同位体測定にかかわる研究者との共同研究、マーシャル諸島の被ばく問題の可視化など、多様なテーマで研究を進めてきました。

そして京都岩倉での暮らしでは、「地域コミュニティ」というものを実感しました。それまでは、研究でコミュニティという言葉は使っても、日常生活でコミュニティを意識することはほとんどありませんでしたが、「岩倉川を守る会」での活動や、入り人(いりびと)として初めて「愛宕講」のメンバーに入れていただいたことは、忘れがたい思い出となりました。これからは岩倉の関係人口の一人としてのかかわりが始まります。

北九州では、新しい仕事を開拓できそうです。地域共生教育センターでは、地域活動をする学生のサポートを主に行います。もちろん、3年前より行っているマーシャル諸島デジタルアーカイブは、これからも取り組んで行きます。北九州の地から「平和」と「環境」と「被ばく」の研究を学生とともにすすめていきたいと考えています。


ブログ再開

2021-12-04 18:43:44 | 研究報告

長らくブログを書いていなかったので、久々の投稿です。

 2018年に地球研の研究員に着任しましたが、2021年3月に所属プロジェクトが終了し、失職してしまいました。幸いなことに、4月からはプログラムディレクターである杉原薫先生に受け入れていただき、無給の外来研究員として地球研で研究を進めることができました。その後10月からは新しくプログラムディレクターとして着任された松田素二先生のもとで研究員として働いています。

 地球研は、文理融合、異分野研究者との研究、研究者以外の方との協力が推奨されていますが、これがなかなかにむつかしい。地球環境問題の問題を解決するための計画段階から一緒に考えていくというのが、もっとも理想的な形とされています。しかし実際には、地球研の研究者が考える方法では進められなかったり、地域社会からの提案に地球研研究者が応えられなかったりします。ざっくりとした言い方をすれば、専門分野の人材、時間、予算がすべてそろっているわけではないというのが理由になるのでしょう。

 さて、現在は地球研の仕事をしながら、私のライフワークであるマーシャル諸島の核問題に関する研究を進めています。今年は科研による研究「マーシャル諸島アーカイブ」が3年目となり、来年度は4年目の最終年度を迎えます。これはマーシャル諸島の若者自身が被ばく者やその後を生きてきた人に聞き取りをし、その動画や写真などのインタビュー情報をウェブ上で発信していくというものです。共同研究者の渡邉英徳先生、フォトジャーナリストの島田興生さん、株式会社ユーカリア、第五福竜丸展示館の方、ビキニふくしまプロジェクトの方々、関心を寄せてくれている学生さん、マーシャル諸島在住の佐藤美香さん、マーシャル諸島の核問題と温暖化にかかわる二つのNPO、マーシャル諸島短期大学核問題クラブ、など多くの方にかかわっていただいて、助けていただいています。3月に実施したワークショップの動画も完成しました。

https://www.youtube.com/watch?v=aM1M_g8iEJA

 ただ、うまくいっていない部分もあります。私が目の前にあるものに一生懸命になってしまうたちで、ネットでつながることが苦手だということが一つ目。そして、今回も地元の小学校や高校でほそぼそと楽しく、もっと言えばひっそりと実施しようと思っていたのですが、いろいろな方の勧めや紹介で、マーシャル諸島政府と一緒に実施しています。本当にほんとうにありがたいことですが、こういう正式な形で研究を進めたことがないので心理的な負担になっているのが二つ目。

 来年は最終年度。しょうもないぼやきはとりあえず心の中にしまって、論文とは違う形で成果を残すことに精進していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


米国在住マーシャル人の深刻なコロナ感染状況について

2020-09-13 17:22:39 | マーシャル諸島の紹介

マーシャル諸島共和国では、コロナが流行し始めた早い段階で(3月8日)、海外からの入国を完全に禁止した。幸いなことに人口約5万人のマーシャル諸島国内では、感染者ゼロが現在(2020年8月13日)まで続いている。しかし、米国に移住した約3万人のマーシャル人は、コロナの流行の影響を受けている。

(このことを知り合い数人にメールで送ってみたのだけれど、あまり反応がなかった。どうしようかと思っていたが、しばらく書いていなかったブログにアップしてみる。実はブログを休止していたのは、思いがけず手術したり、眼の調子が悪くなったりして、遅れ気味の仕事に追われていたため。。。)

 

  • マーシャル諸島在住佐藤美香さんの話

マーシャル保健省の職員の話として、アメリカ在住のマーシャル人は現在約3万人、そのうち3千人が感染して、70~100人ほどが亡くなっているそう。家族の誰かがコロナに感染しても、隔離することが心情的に難しいのだそうだ。病気の家族を看病しないで一人にしておくことはできないと。

 現在感染者数がゼロのマーシャル諸島は、海外からの流入を完全に禁止しているからこそ、ゼロになっている。3 月8日から国を閉ざしているが、その日までに帰国できなかった海外国在住マーシャル人が、帰国を待っている。その数はマーシャル諸島大統領府によれば、6月8日の時点で本人から届け出があったのは、456人である。ハワイには数百人が帰国を待っているという噂もある。。。マーシャル国内では、国を開けなければという意見と、国のロックダウンを継続するべきだとの意見のせめぎ合いの状態にあるそうだ。8月12日からマーシャル諸島国内で感染者が出た場合のシミュレーションが行われ、13日は予行演習らしい。国を閉ざして、4か月が過ぎたマーシャル諸島。何年も国を閉ざすわけにもいかない。だとすればどうするのか。国内感染者ゼロのマーシャル諸島政府は、議論と対応に必死な状態が続いている。

 

  • ラジオニュージーランド(7月9日付のインターネットニュース)

ワシントン州のとある市では、人口の1%を占めるマーシャル人が、市のコロナ感染者の30%を占めているという。(このとある市というのは、おそらくスポーケン市である。スポーケン市には多くのマーシャル人が移住している。ウィキによれば、スポーケン市の人口は197,400人(2000年国勢調査)。マーシャル人の人口は計算上19,740人。感染者数は(計算上)5,922人と言うことになる。)さらに、アーカンソー州の北西では、地域の死者の半数をマーシャル人が占めているという。(この地域はスプリングデールではないかと思う。スプリングデールには、多くのマーシャル人が住んでいる。)アーカンソーの保健当局(Arkansas health authorities)によれば、コロナ感染による最初の28人の死者のうち14人が2型糖尿病で、そのうち12人がマーシャル人だったという。

ハワイでは、ハワイ人口の4%に過ぎない太平洋島しょ国からの移民は、6月26日までの感染者の23%を占めている。ちなみに、7月1日時点でのオレゴン州における1万人当たりの感染者は158人である。米国では1万人あたりの感染者数は20人だが、太平洋島しょ国からの移住者は、その8倍である(つまり160人?)。アーカンソー州では、6月末の時点で、人口の0.3%に過ぎない太平洋島しょ国からの移住者の感染者は、8%を占める。

ラジオニュージーランドには、マーシャル在住アメリカ人のジャック・ニーデンタール氏のコメントが寄せられている。マーシャル人は、家族(拡大家族、親族)を大切にする。一歳の誕生日(ケーメン)、葬儀、結婚式、教会など、100人規模の多くの人が集まる。そして、病気になった人を隔離することなく、みんなが患者を取り囲み、手厚く看病する。こ

うした習慣を変えることができなくて、感染を拡大させているという。「お互いに愛すること、相手を信頼する文化、それをやめろとは言えない」のだそうだ。

 

  • KUAF(JUL 16, 2020付インターネットニュース)

その後、アーカンソー州全体では、マーシャル人住民12,000人のうち1,800が感染し、27人が死亡した。

 

  • Hawaii News Now (July 30, 2020付インターネットニュース)

ハワイ州でのコロナ感染者数の3分の1がマーシャル諸島を含むミクロネシアの人びとである。ハワイ州政府は、ハワイのエスニックグループごとの10万人あたりの感染率を算出した。その分析によれば、太平洋島しょ国の人びとは突出して高く、527.5人。フィリピン系99.4人。白人68.9人。中国系Chinese: 65.6人。ハワイアン58.6人。日系51.4人。黒人33.8人となっている。

 

  • マーシャル人の感染者が多い理由

核実験の補償金により、急速に貨幣経済に組み込まれ、ラーメン、冷凍の肉、スナック、コーラをはじめと留守清涼飲料水、、、糖尿病患者率は世界でもトップクラス。マーシャル諸島には糖尿病センターがある。アメリカではさらに肉が安いために、肉に偏った食生活。

肥満、心血管の病気、がんなど、健康に問題を抱える人が多い。

1986年の米国とマーシャル諸島の間の二国間協定「自由連合盟約」により、マーシャル人が米国での滞在にビザが不要となった。

マーシャル諸島国内の医療サービスの脆弱性→アメリカへ、仕事があれば、職場の医療保険適用となる。

多くが、食肉加工工場で、肉の解体などの仕事についており、テレワークができない。

3LDK程度の部屋に10~20人が住む。家の中が過密状態。祖父母、親、子共、孫、いとこ、おばなど、、、親族を頼って、マーシャル諸島から仕事と教育の機会を得るために移住する。

感染した人を、マーシャル人は隔離しない。世帯内だけではなく、遠くの親戚も手伝いなどで訪れる。看病する。家庭内感染が広がる。

健康保険の適用を受けられない人もいるらしい。

 

マーシャルコロナ寄付はこちら👇

https://www.mei.ngo/covid-19

(英訳したほうがいいですよね。しばし、お待ちを・・・)

【引用・情報源】

マーシャル諸島在住 佐藤美香氏談

 

Radio New Zealand (9 July 2020)

https://www.rnz.co.nz/international/pacific-news/420744/coronavirus-perfect-storm-engulfs-marshall-islanders-in-us

 

KUAF | Public Radio serving parts of Arkansas, Oklahoma and (JUL 16, 2020)

https://www.kuaf.com/post/marshallese-leaders-respond-cdc-assessment-pandemic-impact-arkansas?fbclid=IwAR3s11igArrbMA3f18RSDpjhZGUgfJClkK7H-pMpeH-MNJrJGHUZlXw1Pc0#stream/0

 

Hawaii News Now (July 30, 2020)

https://www.hawaiinewsnow.com/2020/07/30/infections-soar-covid-is-hitting-one-ethnic-group-hawaii-particularly-hard/?fbclid=IwAR1S8I1zioEVvCgar1V-ZXzfhZY_bY2qg5zyYPh3I5uBuBUXNWwenUQ_XwM

 

Los Angeles Times (7月16日インターネット配信)

https://www.latimes.com/world-nation/story/2020-07-16/as-covid-19-cases-climb-in-the-u-s-there-are-still-none-in-the-marshall-islands

 


ぜんそく患者、病院たらいまわしに立ち向かう、の巻

2020-04-24 09:24:12 | 自己紹介

なんとこんな時期に咳喘息の発作が出たようだ。。。始まりは、4月半ば。なんだか人と話したり、笑ったりすると咳き込んでしまう。咳き込むと楽なのだが、こんな時期だからこそ、咳き込むとコロナの疑いがかけられ、再び地球研立ち入り禁止(先月末部署すべてが封鎖されてしまいました)になりかねない。とはいえ、いま病院に行くのはリスクが高いので控えていたが症状は悪化するばかりなので、17日(金)に意を決して病院に行った。

朝一番、まずはA病院。自転車で病院の玄関先まで行ったが、コロナ貼り紙があったので、遠慮の意味を込めて貼り紙に書かれてあるこの病院の電話番号に電話をする。案の定、咳き込んでいる患者は診察できないと断られる。熱がないこと、持病のぜんそくであることを告げたが、診察できないとの一点張り。事の重大さに初めて気づいた私は、最近解禁になった電話での診療をと何度も食い下がり、ようやく、診療なしで玄関先での薬の受け渡しなら、と承諾してもらえる。いつも使っているオルベスコの処方箋を書いてもらった。名古屋のかかりつけ医では2個処方してもらっていたが、ここでは1個だけしか出せないという。待つこと10分、玄関先に看護師さんが出てきて下さり、1個ゲット!

しかし、これから続くコロナの流行のなかで発作が起こったらと思うと大きな不安に駆られてしまう。ちゃんと診察してくれる病院を探すことにする。B病院の前につくが、同じく「お知らせ」があったので再び電話。全く受け付けてもらえない。かかりつけ医に行くように促されるが、1年半前に京都に転居してから喘息の発作は一度しか出ておらず、手持ちの薬で間に合っていたので、病院には行っていなかった。するとかかりつけ医に電話をし、その時に確かに受信したことを・・・・と話が長くなってきた。だいたい、咳喘息の発作とふつうのぜんそくの発作、花粉症のあとのぜんそくは症状が微妙に違うし、私としては診察してほしいところ。家に置いてきてしまったお薬手帳には確かそのときのシールを貼った記憶があるが、前の医療機関に連絡まで必要なのかと思うと、だんだん頭に血が上ってきた。それにコロナの蔓延により規制が緩和されて初診でもオンラインや電話診療ができるようになったはず!かかりつけ医を探しているのか、万が一の時の薬が欲しいのか、もはや自分でも目的が分からなくなり、「こういう風に診察を断られるということがあるのは残念ですし、問題提起させていただきます。ただ、いろいろアドヴァイスしてくださったのですが、私の今の問題として、もし診察していただけないとしたらほかの病院をあたる必要があります。診察していただけるのでしょうか。それともしていただけないのでしょうか。」と、聞く。ようやく、そのとき見ている患者が帰った後に、診察してくださることになる。待合室にも診察室にも医師以外誰もいなかった。10時過ぎなのに、こんな時期だからなのか、病院に来る人は少ないようだった。診察というより、話を聞くだけで聴診器を当てることもなくあっという間に薬を出してもらえることになった。やばい患者だと思われたらしい。。。ここはかかりつけ医にはなりそうもないことだけははっきりした。

 しかし問題はここからだった。処方してもらった「オルベスコ」が、近所の薬局にないのだ!喘息治療薬がコロナに効くというニュースを聞いたが、それが私がいつも使っている「オルベスコ」で、3月初旬から品薄状態が続いていたのだ。知らなかった。。。京都市内の薬局に電話しまくり、なんとか見つけたのだが、薬局間での郵送はできないので、そこまで取りに行く必要があった。そうこうしているうちに、近所の薬局から、なんとかお願いして回してもえらました、という連絡が入る。

 もう一つの私の問題、かかりつけ医を持っていないことも解決しておく必要がある。ぜんそくの発作は1~5年に一度なので、これまで発作がでたときにちょろっと病院にいって薬をもらっていただけだった。だから深刻な病気として考えたことはなかった。もしも日本でコロナの流行が拡大した中で大きな発作がおきたら、私は間違いなくほっとかれる。。。昼前からは、かかりつけ医探しに奔走する。C病院に電話してみる。すぐに来てくださいと言われるが、咳き込んでおり、待合室で待っている患者さんに不安を与えたくないので、オンライン診療を希望している旨を伝える。夕方の診療時間に電話での診療をしてくださることになった。メールで送られてきた問診表に記入して、保険証とお薬手帳の該当ページの写真とともに返信した。夕方になり、C病院に電話する。医師とは通常の診察のように話をし、ぜんめいを聞かせてくださいと言われる。ぜんめいとは、ぜんそく患者に特有のぜーぜー、という呼吸音だそうだ。電話口で息をする。「ああ~。ぜんそく出てますねえ」と言われ、「そうよ、これこそがオンライン診療よ~」と、なんだかほっとする。私が前に使っていた「オルベスコ」は古い薬なので、その新たなタイプの薬と、発作がひどくなった時の薬と、たん切りの薬と気道を広げる薬の4つを処方してもらう。電話での診療が終わると、自転車で指定の薬局に行き、薬を受け取り、薬代を診療費とともに支払って帰る。

 

A病院  初再診療288点 とりあえず、医者にも会わず、電話もなし、診療なしでお薬だけもらう。

B病院  初再診療368点 なんども断られ、顔も見ずに診療、、、しかもいちばん高い、聞いてみるべきだろうか。。。

C病院  初再診療214点 電話での診療、診療は丁寧。一番時間をかけて診療してもらったのに、一番安い!

 

 私と同じ経験をした人はきっと何人もいるだろうと思ってググってみると、神戸新聞にはこんな記事があった。

https://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/202003/0013229179.shtml

 この記事によると、過去に通院したことがある病院にぜんそくの診察を希望したが、断られ、電話診療さえも、対象外として診療を断られ、市の帰国者・接触者相談センターに電話するように促されたということだ。もちろんそこに電話してもコロナではないので、診察してもらえるわけではない。別の病院に電話してもやはり断られたという。

 私の問題は、1年半前に転居して以来、病院には行っていないということで、かかりつけ医がいないことだった。

 おそらく多くの病院で、ぜんそく患者は、「かかりつけ医」ではないことを理由に断られている。そしてかかりつけ医であったとしても、咳が出ていると診療しないのだろう。もちろん、対面でないと症状を判断しづらいとの理由からオンライン診療さえも断っていることもありそうだ。

 ぜんそく患者の対面診療を断りたい気持ちはよくわかる。しかし、コロナ蔓延の中で規制が緩められたため、かかりつけ医ではなくとも初診からオンライン診療は可能だ。それを断るのは、地域医療を担う病院としてどうなのか。岩倉では「憲法9条を守れ」や「美ら海を守れ」というポスターやチラシを見かけることがあるが、「私の体も守ってよ!」と思う。

いま、ぜんそく患者は大きな不安の中にいる。17日金曜日はながいながい一日となった。

 

オンライン診療可の病院の情報はこちら→ https://doctorsfile.jp/search/ft104/

 

 

 

 

 


マーシャル諸島でのデジタルアーカイブワークショップ延期について

2020-03-08 20:37:11 | 研究報告

なんと、2か月ぶりのブログ更新となりました。

マーシャル諸島では水爆実験ブラボーが行われた31日は、核被害者の日(Nuclear Victims Remembrance Day)として休日となっており、政府が毎年式典を行っています。日本でも、8月に広島や長崎でそれぞれの自治体の主催によって原爆投下の式典が行われますが、マーシャル諸島では国の主催で行っています(写真は2004年3月1日の様子)。今年度は、1日ではなく1週間に拡大され、大々的に行われたそうです。実は、今年度から始まった科研Cのプロジェクト「マーシャル諸島デジタルアーカイブプロジェクト」で、この核被害者の日の1週間のプログラムに組み込む形で、二日間の大掛かりなワークショップを行う予定でした。そして「マーシャルと神奈川の未来をつなぐプロジェクト」では、滞在期間中に、横浜にある神奈川学園の生徒の書いたお手紙をマーシャル諸島のコープスクールの生徒に届けてお返事をもらうというお手紙交換を行う予定でした。

ところが、コロナウイルスの日本での流行を受けて、出発の4日にマーシャル諸島政府から延期要請の連絡が入り、今年度の予定はすべて中止となってしまいました。今年末までには必ず実施するとの力強いお言葉をいただきましたが、まだまだ日本や世界での感染拡大は続いており、こればかりはどうなるのか、、、先の見通しは全くつきません。ワークショップはいかなくてはできませんが、お預かりしたお手紙は、先週金曜日に国際宅配便でマーシャル諸島にお送りしました。

科研には、さまざまな方がかかわってくださっています。まずは共同研究者の東京大学の渡邉先生のお二人の院生さんは、デジタルアーカイブを形にするお手伝いをしてくださっています。デジタルアーカイブをワークショップ形式で作っていくにあたって、ビキニふくしまプロジェクトの方々とのコラボで、デジタルアーカイブの枠組みを話し合うことができました。また長年お世話になっているフォトジャーナリストの島田さんが企画したマーシャル諸島スタディーツアーとコラボで、今回のワークショップを一緒にやってくださることになりました。第五福竜丸展示館の方々や学生さんはワークショップのお手伝いをしてくださることになりました。マーシャル諸島の佐藤さんは、日本側とマーシャル諸島政府との橋渡し役を担ってくださいました。そして地球研や、人間文化研究機構の先生方からは、熱意だけはあるけれども、マネジメント力の低い私に多くのアドバイスをくださり、励ましていただきました。オープンチームサイエンスプロジェクトからは、ワークショップの予算が足りないことから、地球研に対して増額予算の請求をしていただきました。こうしてきちんと書き出すこともせず、ただただ、日々の仕事をこなしていたような気がします。改めて書き記してみると、こんなにもたくさんの方にお世話になっていたのだと、、、改めて感謝いたします。

それなのに、こんなことになるなんて、、、いや、こんなときだからこそ、このプロジェクトにかかわってくださっている方々との関係を見直し、グループをきちんと組織化し、マーシャル諸島と密に連絡を取り合い、プログラムをより良いものに仕上げていかなくてはならないのだと思います。そしてなによりも、実は、、、コンピューターとネットが極端に苦手な私は、まずは、デジタルアーカイブ、SNS、アプリ・・・様々なものをきちんと使いこなせるようにならなくてはなりません。(目標が相当低いのですが、、、)

さきほどある方から、お手紙交換プログラムはマーシャル諸島の若者にとってどんな意味があるのか、と聞かれました。とっさには思いつかなかったのですが、よくよく考えてみると、お手紙を一度交換したくらいで、相手のことがよくわかるとか、マーシャルについてもっと知りたくなるとか、自分の書いたお手紙が相手に伝わった実感があった、、、なんてことはほとんどないのだと思います。おそらく、、うまくお手紙が書けなかったとかとか、考えていたお返事と違ったとか、お返事は来たけど意味が分からなかったとか、へんなこと書いてきたとか、さまざまな失望を味わうのだと思います。英語を習い始めたばかりの生徒が、たった一時間の私の話を講堂で聞いて、両国にいきなり素晴らしい対話が生まれることは残念ながらあり得ないのです。(そんなことがおこったら、それは人を陥れる黒魔術に違いありません。)それでも、生徒さんたちには、一回こっきりであきらめるのではなく、間をあけてもいいから頑張って対話を続けてほしいのです。あ~でもない、こ~でもないと考えるその過程こそきっと財産になるのです。たぶん、お手紙をやり取りする意味はそういうところにあるのではないかと思います。

一年間に一度もマーシャル諸島に行かなかったのは、ここ10年では初めてです。マーシャル諸島のみなさん、ちゃんと待っていてくださいね。