11月8日、フィリピンのUGATが主催する文化人類学の学会で、パネルを組んで発表しました。タイトルはずばり、The Everyday Life of Victims in Radiation Effgects
私たちのパネルが終ると、矢のような感想と質問が来た。まずは感想。「知らなかった」「こんなにひどい出来事なのに、(発表者が)核のない世界が来ると思って、希望を捨てずにやっているのはすごい」「このことはもっと広めるべきだ」などなど。そして思いもよらなかった質問が。「核実験は人体実験なのではないか?」私「それはわからない。ドキュメントが残ってないから。でも私は放射能の人体実験をするために、わざと核実験を行ったとは考えたくない。アメリカの心を信じたい」と言った。でも、実際の私の発言で質問者の気持ちに火をつけてしまってさらなる質問が来た。「実際には、米国は放射能に人体がどう反応したかを調べているではないか。それは人体実験ではないのか?」私は「私はあなたの意見に賛成する。私も、それは人体実験だと思っている。人びとを被ばくさせるためにわざと核実験を行ったとは考えていないが、被ばくしたという状況を使ってデータを取ったのは確かだ。だから、核実験実施後の米国の対応については人体実験であると私も考えている。」とこんなことを言った。こんなにすらすら人前で英語が出てくるとは私も想像していなかった(笑)
でも日本語で答えられたら、二つの質問に対してもっと詳しく、そして違うことも言っていた。「第二次世界大戦下の米国で、核兵器開発を行ったいわゆる「マンハッタン計画」でも、日本への原爆投下に反対してマンハッタン計画から抜けた科学者もいた。また、戦後になっても、水爆開発に反対する科学者もいた。核実験の被害にあったコミュニティを担当した人のなかには、コミュニティの人たちの意見をもっと聞くように、レポートした人もいた。多くの「良心」が、当時の政治の中でつぶされていったと、私は考えている。核実験により被害が出る可能性に配慮していた「ちいさな良心」も捻りつぶされていったと想像できる。小さな良心をつぶさない社会の構築が必要だ」とこんなことを言いたかった。
もう一つの質問に対しては「米国は積極的に人体実験の状況を作ったとは言えない。日本が731部隊を使って中国で行ったようなあからさまな人体実験はしていない。しかし、被ばくした状況をうまく利用して、放射能の人体への影響を調べやすいような状況を整えて、実際にデータを利用したことは確かである。その意味において、少なくとも消極的な人体実験だと思う」・・・英語がもっとできたら、こう言いたかった。ああ、英語がネックだなあ。
実はこうしてブログを書いている今、私がしゃべった英語がまったく思い出せない(笑)そういえば、先日パリの空港で搭乗券の印字が消えて再発行が必要になったのだけど、その時たらいまわしにされて、怒りのツボが押されてしまい、すらすらと見違えるような英語が出てきた(笑)
当初はどうなることかと思ったが、初めての海外学会発表でのパネルオーガナイザー役も終了し、気をよくした私たちは、夜、ベトナム料理、フォーを食べに行く。注文したのは、Pork buto buto reg 日本でも何度かフォーを食べに行ったが、フィリピンのフォー屋さん、死ぬほどおいしかった。そのあと飲み。で、11時頃帰る。
今回のメンバーは文学の小杉世さん、アーティストの新井卓さん、社会学の根本雅也さん、そして文化人類学の私、と多様な専門分野(家)の集まり。新井さんは、世界の複数の美術館に作品が買い取られてもいるすごい方です。みなさん学会参加してもらってありがとう!私たちのパネルに興味を持ってもらうこともできました。思いがけないつながりがフィリピンでできました。こんな私でよかったら、またオーガナイズします。
下はおまけの写真、パラワン島の街中にて。暮らしのバイタリティーを感じた出張であった。