集団疎開と言えば、シラミ(虱)を連想するくらい疎開地ではシラミが蔓延した。前出の『泣くもんか』の編者の島田先生は、その回想の中で書いておられる。
「シラミ」という名前はよく知っているが、ホンモノにお目にかかりホンモノと血肉をわけ合ったのは、集団疎開地なのである。集団疎開というと、すぐシラミと続くくらい疎開とシラミは切れない縁がある。シラミは私たちのところだけでなく、全国の集団疎開地で悩まされた現象である。
シラミはあっという間に増える。シラミと気がついた時には、疎開地の場合、もう処置なしであった。シラミはとるよりふえる方が早いのである。
シラミには衣服につくコロモジラミと、髪の毛につくアタマジラミとがあり、疎開地ではその両方が蔓延した。男の子は丸刈りなのでアタマジラミはつきにくかったが、女の子には両方が寄生した。どうしたものか私にはなかなかつかず、先生から「シラミに嫌われているのかな」と冷やかされたことがあったが、周りの子には皆いるのにつかないはずがなく、とうとうついたなと思うとたちまち大量に増えた、何しろ服の縫い目に沿ってずらりと卵を産みつけ、それがすぐに孵るからたちまち大軍団になり、毛糸で編んだ下着などには編み目の一つひとつにシラミが潜り込んでいるという、ぞっとするような光景になった。
夜の自由時間には火鉢を囲んでそれぞれがシラミを抓み取り、炭火の中に放り込むようなこともした。私には年子の妹がいて初めのうちは一緒の宿にいたから、よく妹のアタマジラミを取ってやり、まるで猿の兄妹のようだった。しかしこんなことでは到底追いつくものではなかったから、衣服のシラミをいっせいに駆除することがあった。学寮の日記から抜粋する。
5月27日 午前9時 虱せん滅の燃料採集に全員参加
5月30日 防虱洗濯決行 全寮母及び五女
5月31日 防虱目的の煮沸洗濯 全寮母及び五女 寝具防虱目的の虫干し
6月1日 入浴洗身
6月7日 防虱目的の洗髪
このような念入りな処置の後では一応収まっただろうが、また現われた。虱とのいたちごっこには勝てないのである。
煮沸以外に、これは正規の方法ではなかったのかも知れないが、厳冬のさなかには衣服を屋外に放り出して凍らせて退治したこともあった。しかしこの方法では成虫は全滅できても大量の卵は残ったようだ。
コロモジラミは煮沸したり凍死させたりできるが、アタマジラミはそうはいかない。毛髪1本1本の根元に粘着性のある物質で卵を産みつけ、やはり大量に増える。駆除用の硫黄製剤使用しても追いつかず、丸刈りにされてしまった女の子が他校にはいた。
シラミは「湧く」と俗に言うが、自然発生するはずはないから、東京から誰かが持ち込んだのである。当時は都会でもシラミが常時いるような環境があったのだ。
寄生虫でもノミなどはどこかユーモラスで可愛げがあるが、シラミはまことに陰湿な害虫だ。今でもあの頃を思い出すと、からだが痒くなるような気がしてくる。
(続)
「シラミ」という名前はよく知っているが、ホンモノにお目にかかりホンモノと血肉をわけ合ったのは、集団疎開地なのである。集団疎開というと、すぐシラミと続くくらい疎開とシラミは切れない縁がある。シラミは私たちのところだけでなく、全国の集団疎開地で悩まされた現象である。
シラミはあっという間に増える。シラミと気がついた時には、疎開地の場合、もう処置なしであった。シラミはとるよりふえる方が早いのである。
シラミには衣服につくコロモジラミと、髪の毛につくアタマジラミとがあり、疎開地ではその両方が蔓延した。男の子は丸刈りなのでアタマジラミはつきにくかったが、女の子には両方が寄生した。どうしたものか私にはなかなかつかず、先生から「シラミに嫌われているのかな」と冷やかされたことがあったが、周りの子には皆いるのにつかないはずがなく、とうとうついたなと思うとたちまち大量に増えた、何しろ服の縫い目に沿ってずらりと卵を産みつけ、それがすぐに孵るからたちまち大軍団になり、毛糸で編んだ下着などには編み目の一つひとつにシラミが潜り込んでいるという、ぞっとするような光景になった。
夜の自由時間には火鉢を囲んでそれぞれがシラミを抓み取り、炭火の中に放り込むようなこともした。私には年子の妹がいて初めのうちは一緒の宿にいたから、よく妹のアタマジラミを取ってやり、まるで猿の兄妹のようだった。しかしこんなことでは到底追いつくものではなかったから、衣服のシラミをいっせいに駆除することがあった。学寮の日記から抜粋する。
5月27日 午前9時 虱せん滅の燃料採集に全員参加
5月30日 防虱洗濯決行 全寮母及び五女
5月31日 防虱目的の煮沸洗濯 全寮母及び五女 寝具防虱目的の虫干し
6月1日 入浴洗身
6月7日 防虱目的の洗髪
このような念入りな処置の後では一応収まっただろうが、また現われた。虱とのいたちごっこには勝てないのである。
煮沸以外に、これは正規の方法ではなかったのかも知れないが、厳冬のさなかには衣服を屋外に放り出して凍らせて退治したこともあった。しかしこの方法では成虫は全滅できても大量の卵は残ったようだ。
コロモジラミは煮沸したり凍死させたりできるが、アタマジラミはそうはいかない。毛髪1本1本の根元に粘着性のある物質で卵を産みつけ、やはり大量に増える。駆除用の硫黄製剤使用しても追いつかず、丸刈りにされてしまった女の子が他校にはいた。
シラミは「湧く」と俗に言うが、自然発生するはずはないから、東京から誰かが持ち込んだのである。当時は都会でもシラミが常時いるような環境があったのだ。
寄生虫でもノミなどはどこかユーモラスで可愛げがあるが、シラミはまことに陰湿な害虫だ。今でもあの頃を思い出すと、からだが痒くなるような気がしてくる。
(続)