蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

今度は金沢で・・ (bon)

2023-03-19 | 日々雑感、散策、旅行

       甲子園では、選抜高校野球が始まりました。応援席から元気な声援がこだましています。
      溌溂としたプレーに感動します。  この時期、一日中テレビがついているような・・
      節電に勤めなくてはいけないのに・・。

 

 この前の続きです・・。
先(3/13)の拙ブログ「ミュンヒナー・クライス」で、1983年のミュンヘン
でのシンポジウム後のドイツ側のおもてなしに私達一行は大いに感謝し、想
い出深いものになったのでした。その後の出来事です。ローカルな話で申し
訳ありません。

 翌年私は、金沢勤務となり、業務も開発部門から一般の建設・保守を中心
とした現場の業務に移りましたから当然、ミュンヒナー・クライスの活動から
離れてしまいました。 そんなあるとき、2年間隔で開催されるシンポジウムは、
今度(1985年)は日本がその開催地で実行することが決定した・・。
 そんなことを小耳にはさんだものですから、急に当時(ミュンヘンで)の
ことが浮かんできて、今はむしろ関係が離れてしまったけれども、何か恩返し
がしたい気にかられたのでした。

       なぎさドライブウエー(千里浜)
        (ネット画像より)

 開催は秋でしたから、まだ時間もあり何とかしたい‥と思う気持ちが先に
走り、後先を考えずにドイツのE・ヴィッテ教授に手紙を書いたのです。
「私はその後、金沢というところで勤務していて東京にはいませんし、シン
ポジウムにも参加できませんが、日本は東京だけではありません。金沢も歴史
のある良いところですからもしできるなら、こちらへの行程が組まれれば大変
うれしい・・」というような内容でした。しかし、実現しないかもしれないな、
という気持ちもありました。

 手紙を出してしばらくして、「もし、こちらに来る・・となったらどうし
よう!」歓迎はしたいけれど、一体どのようにすればよいか? その費用は
どうする? いくらくらいかかる? 仕事上で、交際費が支弁できる内容では
ない。そして何より「なぜドイツか?」などおよそ関連が付かない。
 世界的哲学者の西田幾多郎は、かほく市(金沢市と隣接)の生まれだから
この際かほく市との連携は取れないか? 交渉してもらったら、運悪く丁度
この年の5月にドイツ、メスキルヒ市と姉妹提携を結ぶイベントを開催したば
かりだ と分かり、費用の捻出先は断たれたのです。会社で支弁できる費用は
僅かだし、えいッ、後は自費でやるしかない! そう心に決めて具体的なス
ケジュールを考えることにしました。

 交通費や宿泊費はドイツ側の自前ですから、当日のホテルの予約、夜の歓
迎宴、翌日の観光、そして移動手段はどうするか・・そんなことを考えている
時、果たして、金沢に来る!との手紙が返ってきたのです。
 うれしい反面、困難が現実となったのです。口は禍の元・・頼まれてもいな
いことを、出しゃばるからこんなことに・・。でももう後に引けないのです。

 しかも、先方は、ドイツ郵政省の事務次官をトップに教授ら10名、それに
奥方が4人の合計14人が金沢に来て、翌日京都に入った後に東京に行くとの
行程でした。

       金沢工業大学
        (大学HPより)

 ホテルは金沢ニューグランドを予約し、翌日観光は、先ずは知り合いのいる
金沢工業大学に依頼し、新設された図書館、画面で図書を検索して見つかった
ら自動的にその図書が手元まで搬送されてくる・・という自慢の設備を見学し、
その後、千里浜のなぎさドライブウエーを走り、兼六園を案内してお茶席で寛ぐ
・・そんな計画を立てました。
 なぎさドライブは、波打ち際を車で走ることが出来る日本でも珍しいところ
ですが、ドイツの特にババリア地方から海は遠く、海は貴重だと思ったのでした。
移動は貸し切りバスを・・。

 そのような計画は楽しいのですが、連日(費用について)重苦しい気持ちを
抱えている時、丁度ドイツから来沢の日に、北陸での「小集団活動発表会」が
あることが分かり、本社から担当副社長が
激励に来られるという情報が入りました。
 担当の副社長は何と! 以前名代としてミュンヘンに行った時のあのM氏だった
のです。ひょっとしたら幸運の女神かも・・? もう何年も交流することもなかっ
た副社長M氏に意を決して電話をかけました。  事の次第を話しましたら
『いいよ、私の招宴にすればよい。』 地獄に仏‥みたいなありがたくうれしい
返事が来ました。 もう汗びっしょりでした。

 最大の山(費用の問題)は越えました。しかし、もう一つ山がありました。
北陸での小集団活動発表大会は、北陸3県を統括する組織で、私の所属する組織
とは違っていますので、統括組織のトップにも了解を得なければならないのです。
 組織は違っても同じ会社で同じ北陸ですから、日頃から懇意にはしていた
だいていましたが、年次もかなり上の方で、やはり一定の仕切りが必要でした。

 幸い了解がえられ、小集団活動の終了後幹部との懇親会があるので、それ
が終わる8時ころからなら、ドイツ軍団の招宴に参加できる。そして、小集団
活動の懇親会出席の幹部さらには幹部の奥様も参加させるとの計らいがあり、
うれしいやら「えらいことになった!」の感がありました。しかし、副社長
招宴ですからもう費用の心配は払拭されていました。

      兼六園のお茶席(時雨亭)
       (ネット画像より)

 北陸統括組織のトップから注文が入りました。宴席の仲居さんはドイツ語は
無理でもせめて英語は話せないと・・。 宴席は、それほど古くはないが、
地元で手広くされている料亭「石亭」を選んで頼みを入れ、英語の話せる仲居
さんを富山から2名追加してもらうことにしました。
 この宴会は、ドイツ側14名とこちら側は、M副社長、北陸トップと幹部、私
で11人、それに幹部の奥さん4人 の合計29人の大宴会になってしまいました。

             

 金沢工業大学の見学もうまく行き、なぎさドライブウエーでは途中砂浜で
バスから降りたりして大変喜んでいただきました。兼六園の風情を楽しみ、
お茶席を体験されたご一行はご機嫌よく京都へと向かわれたのでした。

 後日、本社から電話がありました。ドイツの幹部が、本社に社長表敬訪問
された時、北陸での素晴らしいもてなしを感謝され、同席されていたM副社長
の株も上がり、めでたしめでたしで終わりました。

 こんな綱渡り的な運もあるんですね。天に感謝あるのみです。

 

 

Matteo Simoni - Marina (Rocco Granata) Film Marina 2013

 

 

 

 

コメント (4)
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