川は千曲川だ、山はどこの山なのか
ぴんころ地蔵 平成15年というから地蔵さんとしてはとても新しい。時代にマッチしたのか、みんなの願いはピンピンコロリ、もちろん私もそれを願うのだが、そうそううまくいくものか。
付近に伴野神社があり隣接して伴野城。中世に佐久を中心に勢力を張ったらしい。
西方寺、
ここは一遍ゆかりの寺のはずと思ったが、時宗ではなく浄土宗。
でも、念仏踊りはやはりここか
寺の裏側から見た浅間
中込学校
明治の洋風建物の小学校
信濃は教育熱心なところなのだ。
川は千曲川だ、山はどこの山なのか
ぴんころ地蔵 平成15年というから地蔵さんとしてはとても新しい。時代にマッチしたのか、みんなの願いはピンピンコロリ、もちろん私もそれを願うのだが、そうそううまくいくものか。
付近に伴野神社があり隣接して伴野城。中世に佐久を中心に勢力を張ったらしい。
西方寺、
ここは一遍ゆかりの寺のはずと思ったが、時宗ではなく浄土宗。
でも、念仏踊りはやはりここか
寺の裏側から見た浅間
中込学校
明治の洋風建物の小学校
信濃は教育熱心なところなのだ。
「小諸なる古城のほとり」この詩はいいが藤村の小説は重すぎていけない。若いころなら食らいついて読んだが、もう読む気はしない。
水の手から千曲川が見える
大変驚いたのは富士見スポットがあったこと。富士山が見える?この信州の山の中で?
でも条件が良いと本当に見えるらしい。直線距離で110キロ、間に障害になるものがないらしい。
浅間も見える
駐車場から見えるのはアルプスか、白馬か。
穴城というのがわからなかったが、門より本丸が低い城だとか。
小諸城の北を北國街道が走っているが、この道路が高い。この城は城下から見下ろされる城なのか。
安曽神社
地理がよくわからないまま丸子の北の方を西へ走ったら、安曽神社があった。
その前に鎌倉道の表示。
上田市から千曲川に沿うように千曲市に向かう。途中、佐良志奈神社があった。
更に行くとさらしなの里があった。
縄文遺跡の公園だ。
ストーンサークルがあった
この辺りは姨捨といい棚田に移る月が有名らしい。
武水別神社
武水別神社一帯は平安時代末期より石清水八幡宮の荘園となっており、安和年間(968年-970年)に石清水八幡宮から八幡神(相殿の3柱)が勧請されたということだ。
そしてここにも義仲の足跡。
神社があるとそこに人を集め祈願をし、皆でエイエイオー!とやったのだろう。
森将軍塚古墳
4世紀の前方後円墳だ。立地の尾根の地形に制約されたか、少し歪んでいる。葺石、埴輪列も復元されている。資料館もある
隣接して長野県立歴史博物館もある。
洪水の跡を追っているのが面白かった。