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神々のいる山を訪ねる

巡礼登山家を目指して修行中、 一人淋しく霊山を訪ね歩いています。

白山信仰の謎

2007-07-20 22:30:29 | 各地の山
ジュンク堂で衝動買いした、「白の民族学へ」 前田速夫 著 
謎に包まれた白山信仰の実態を追って、日本民族学最大の空白部分を探求した、スリリングな書き下ろし。この本を読んですっかり白山にハマってしまった。 ブログ伊勢―白山 道 によると、白山は太古の昔、宇宙から根源神の息吹が、降り注いだ特別の山らしい。 太古の白山には、日本の霊的中枢を成す 祭場 が存在し、神界の最高神である 天之御中主神 が祭られていましたが、征服民族の事情で、破壊・封印されており、後世に泰澄大師が開山するまでは、禁足の地であった。泰澄大師は初めて白山で修験道の修行を行い、白山の神を祀り、仏教的な意義付けを行いましたが。神界の最高神が、菩薩 の形で現れた理由は、当時の民衆が大変苦しい状況であり、神霊が見るに見かねて流行の仏教形態での示現をされたのでは、と。

御前峰(2702M)を主峰とし、大汝峰、剣ヶ峰からなる日本3名山の一つ。山頂付近にに奥宮が鎮座。越前の行者 泰澄が登拝して開山したとされている。その後、園城寺の僧、宗叡が加賀(石川) 越前(福井) 美濃(岐阜)の3馬場と呼ばれた登山口を開く。 ここを拠点に全国に拡がった白山信仰は熊野に次ぐ勢力を誇るほどに成長した。その後3ヶ所のそれぞれの馬場は権力争いと共に栄枯盛衰を辿る。 戦後、白山頂上付近を含む1700ヘクタールが白山白神社の境内地になっており、昭和42年建築された室堂にある建造物も神社の所有。 


室堂センター全体像

予約をすれば一般登山者も宿泊できる。一日千人は宿泊可能だろう、この場にこれだけの設備を作る力も神から与えられたものだと信じたい。(っていうかどう考えても一般用 )登山者の数は年間2万人と記録されているが 自然保護の為にテント泊は禁止、訪れたのは残雪期だったので、宿泊棟ではなく、なかなか快適な避難小屋に案内された。白山室堂の営業は5月1日~10月15日。宿泊を希望する日の1週間前までに予約が必要で、食事付きの宿泊は7月1日から10月15日まで   白山室堂予約専用電話:0761-93-1001


白山神社と御前峰

白山比(ひめ)神社の横から整備された歩きやすい登山道路を3~40分ほど、白山奥宮が見えると御前峰山頂で 北アルプスや立山、木曽駒ケ岳。眼下には室堂平の多数の建物、別山がことのほか美しい。遠く日本海も見える。


御前峰頂上から眺める 場違いな室堂の建造物

神秘性、深遠な杜、白き峰々の座として仰がれた、霊山の要素を全て含んでいる素晴らしい白山。遠くから仰ぎ見るご神体山をしての白山、そういった素朴な信仰を一変させた仏教伝来「 神が降臨する場所を歩く」 山林修行の概念は禁足の地を修行の場として開拓していった。

白山修験道の実体は不明な事が多く、白山信仰そのものに謎が多いといわれる。「白の民俗学」ではその謎を追求しているが読めば読むほど謎が深まるのは、八幡神社の起源と似ている・・・。東国の被差別の多くが白山神を祀っている理由、ある意味、人が神(天皇家)を作りだすのも身分外の身分(被差別)を作るのも 社会秩序存続のためのスケープ・ゴートの役割を担わされてきたのだと・・・。



鳳来寺山

2007-07-17 13:49:29 | 各地の山
浜名湖の北方、遥かにある鳳来寺山(標高648m) 山頂には真言宗五智派本山が建つ、 興記によれば 655年代、利修仙人がはるか百済から鳳に乗って飛来し、社殿を建立したとある。本地仏は薬師如来で「峰の薬師」と称され、聖徳太子の信仰とも関連、 江戸時代、秋葉山と鳳来寺山を結ぶ街道には宿50件、芝居小屋まであり薬師信仰で栄えていた。 ご多分に漏れず 昭和46年鳳来寺本堂まで鳳来寺山パークウェイが開通、5月から8月上旬までの夜鳴くと言われる仏法僧の鳴き声もあまり聞かれなくなったらしい。 この有料道路は駐車料金として山上で500円徴収していた。 鳳来寺本堂横には徳川家康を祭った東照宮があり、日光東照宮、久能山、とともに三東照宮と呼ばれている。 奥の院へは東海自然歩道となっていて石段を50分。山頂へはさらに10分 と書いていたが駐車場出口、つまり有料道路が6時で閉鎖と書いていたので時間切れで行けなかった。  湯谷温泉 <ゆーゆーありいな> も定休日(火)  近くにフリークライミングのゲレンデ鳳来湖がある。日帰り圏内なので涼しくなったら出直しをする。紅葉の時期が良さそうだ   

印象としては「 神の坐す山 」というより「 験を修める山 」の部類。周辺の村には修験道の名残である田楽芸能が多く伝わっている。 

 それにしても神代の昔から 寺社はあまねく時の権力者の庇護を受けている、何かと言えば戦に勝ったの負けたの・・・。西洋でも同じこと、神が一方の殺戮に力を貸すとは思えない。 

私が求めているのは権力とは無縁の、修験者が入らない、自然発生的に崇められている神々が坐す山なわけだが・・・。

非常に少ない。


秋葉山の神様は何処にいる?

2007-07-09 12:15:03 | 各地の山
上古より神様の静まります御神体山として、崇敬されている秋葉山、初めてご社殿が建ったのは西暦709年。 秋葉山本宮、秋葉神社は火防ぎの神が鎮座する山として知られている、開山は京都の愛宕山と共に泰澄とされているので、白山とは姉妹関係にあった。 その後、平安、戦国期には武将との縁が深く、政治的な動き、商業交易などでも活躍していた歴史がある。 江戸時代の真言系修験を経て 明治の神仏分離時の際、主導権争いから抗争が深刻化して多くの関連施設や仏像、宝物、などが失われたのは残念至極。信仰の形も秋葉講、秋葉詣でなどのように、現世利益的なものに変化しているのは気になるところ。


広々とした駐車場

秋葉山は、南アルプス山脈南端、天竜川沿い海抜866メートル、千古の杉、檜がうっそうと繁り、俗塵を離れた秘境で街道随一の霊山ですが ご多分に漏れず悪名高いスーパー林道が開通して、今では山頂直下まで車で行けるようになっている。  駐車場から眺める施設全体は必要以上の豪華さが感じられ 新興宗教のコンクリート要塞みたいで、あまり風情がない。  



途中の参道

山頂までコンクリート道を10分ほど、頂上にある秋葉神社上社の本殿は歴史的に由緒ある神社で 現在の建物は昭和61年建造、建坪130坪総桧の造りとなっている。ひっそりした境内で売店にいた巫女さんに 山頂はどこですか?っと登山道路のことを訪ねたら 「ココです」 と答えてくれた。本殿は山頂に建っている事になるのか・・・。 なんと言っても秋葉神社が賑わうのは世に名高い秋葉の火祭り で毎年12月15日、16日両日執り行われる。


きらびやかな頂上:幸福の鳥居(皇太子殿下御成婚記念)


 徒歩の場合は気田川河畔にある麓の秋葉神社下社から、山頂の上社まで昔の参道が通じている。

位山と水無神社

2007-06-27 17:57:57 | 各地の山
かねてより気になっていた 位山に行ってきた。

三輪山同様、典型的な古代信仰のご神体山だ、  出雲の神々が舞い降り、麓にある飛騨一宮水無神社に祀られるようになったという伝説がある。高山からの道中、位山の全景が眺められるが 斜面の一部分はモンデウス飛騨位山スキー場として開発されて、痛々しいハゲ山になっている。大日ヶ岳も同様・・・。開発や観光の名の下に繰り広げられた 貧しい地方自治体の悪行・・・・ったくバカじゃ無かろうか! 何でこの山にスキー場が必要なんだ 
 
 かつて修験道が登場してくるまでは、高い山の頂を踏む事は非常に恐れられていた。それは山頂が最も神聖な部分と考えられていたからで、人間が足を踏み入れることは、あらたかな神の頭を踏みつける冒涜的行為だとされていたからに他ならない。 そのせいでもないが マタギ伝説や修験業系の山はどうも好きになれない! 興味の対象外となってしまった。

 地方の山村を車で走っていると里山の頂に張り巡らされたアンテナが気になって仕方が無い。山が泣いているようにさえ見える。電気も携帯電話も高速道路も人一倍開発の恩恵を受けている訳だが、そろそろ退化してもよかろうと思うのは単に年のせい。

山頂に至る道中には、鏡岩、畳岩、御神楽岩などの巨石群と共に 象形文字で刻まれている天の岩戸と呼ばれる磐座がある。 「山の霊力」には、この山の神秘性は簡単に解明されそうにないとの記述があるが 確かに奥の深そうな山で 一言で語れない、一冊の本になる。



麓に鎮座する水無神社