レコメンデーターNotebook

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ほぼ日手帳2011 (March 31, 2011)

2011-03-31 18:53:58 | KOTOBA+HANASHI
嫌いの中には好きが混ざってるもんなんだよ。
だから、「イヤなんだよなぁ」とか、
「嫌いなんだよね」とか言いつつ、
どうも、それから目を離せないような場合は、
もともとのところを疑ったほうがいい。
―――糸井重里が『黄昏 日光・東北編』の中で

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ほぼ日手帳2011 (March 30, 2011)

2011-03-31 18:43:37 | KOTOBA+HANASHI
昨日のがいいか、今日のがいいか、さらには、明日はもっといいのができるか、
そんなのわからないんです。それで検討しようなんてできるわけがない。
現代の組織はそういう発想をするかもしれないけど、それはきらいなの。
昨日のアイデアがだめだったというのなら、きのうのぼくの生き方は
つまらない生き方だったということになるじゃないですか。
―――横尾忠則さんが『ヨコオとイトイのTHEエンドレス』の中で
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「龍馬の如く」2011年週めくりカレンダー(3月第5週)

2011-03-29 17:52:01 | KOTOBA+HANASHI
すべてを失ってしまった?
いいや
まだ未来が
残ってるぜよ


2011年週めくりカレンダー
自分らしく 幸せに生きる53の法則「龍馬の如く」【文】茶谷清志 【書】武田双雲
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名将名言録(平成23年版)3月26日~3月27日

2011-03-29 17:24:06 | KOTOBA+HANASHI
他をかへりみずして
自分の善き事ばかりをすべからず候


山岡鉄舟(てっしゅう)[1836-1888] 『修身二十則』
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鉄舟(てっしゅう)旗本の生まれ。幼くして剣術を志して千葉周作の門に入り、のち自ら道場を開く。幕府公武所剣術心得、浪士取締役ともなるが、明治元年(1868)3月には西郷・勝の会見を用意し、江戸城無血開城に功があった。『修身二十則』は鉄舟15歳の作。自分に都合のよいことばかりせず、他人のことを顧みるべし、という。弱冠15歳でこう口にできるほどの老成さに驚く。無血開城の会見時、西郷は42歳、勝は46歳、鉄舟は33歳であった。

魂を揺さぶる偉人の一言「名将名言録(平成23年版)」
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ほぼ日手帳2011 (March 29, 2011)

2011-03-29 15:54:25 | KOTOBA+HANASHI
歳をとってよかったこと?
家族にしてあげられることが、増えたことだよ。
―――エーリクさんが『フィンランドのおじさんになる方法。』の中で

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ほぼ日手帳2011 (March 28, 2011)

2011-03-28 11:54:11 | KOTOBA+HANASHI
あのとき(番組中、品川祐さんに「おしゃべりクソ野郎」というあだ名を命名したとき)、
5年ぶりくらいで爆笑というものを感じました。気持ちよかったです。
ぼくはそれまで笑われるといっても、失笑されることしかありませんでした。
猿岩石時代から、ずうっとそうです。笑いといえばそれが基本。
それが、あのとき「こういうのがお笑いなんだなぁ」とわかったんです。
―――有吉弘行さんが『有吉が、窓から風を入れましょう。』の中で

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ほぼ日手帳2011 (March 27, 2011)

2011-03-27 18:40:05 | KOTOBA+HANASHI
「いい女優なのに、どうして
いい仕事がこないんだろうね、きみにはね」
俳優同士の頃、(伊丹十三さんと)
よくふたりで話していました。
―――宮本信子さんが『伊丹さんに。』の中で

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名将名言録(平成23年版)3月24日~3月25日

2011-03-26 12:55:58 | KOTOBA+HANASHI
名作の刀さのみ好まれまじく候(そうろう)

朝倉敏景(としかげ)[1428-1481] 『朝倉英林壁書』
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応仁(おうにん)の乱は新時代の旗手を生んだが、その一人が、越前(えちぜん)守護・斯波(斯波)氏の有力家臣から台頭した敏景(としかげ)である。その敏景が子へ与えたと伝える家訓の四条目の冒頭である。「さほどに名作の刀を好むべきではない」という理由は、値が銭万疋(びき)の名作を手に入れても、百疋の鎗(やり)百本に勝てないからである。万疋の銭があるなら百疋の鎗百本を求め、百人に鎗を持たせよというのが、新時代の旗手の考えである。

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ほぼ日手帳2011 (March 26, 2011)

2011-03-26 10:05:09 | KOTOBA+HANASHI
旦那や彼氏に料理やらせようと思ってる人はさ、かっぱ橋に来たらいいよ。
「俺、やる」って言いそうな気がするんだよ。
「え、何かやってみてぇ!」って言うような気がするんだよなあ。
重いものに対する、男の子の征服欲っていうのがあるのかもしんない。
「俺が使いこなしてやるぜ」みたいなね。
―――重松清さんが『重松清さんと、かっぱ橋。』の中で

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名将名言録(平成23年版)3月21日~3月23日

2011-03-25 21:04:11 | KOTOBA+HANASHI
撃つべきの機は、
その簡(かん)に髪(ぱつ)を容(い)れず


頼山陽(らいさんよう)[1780-1832] 『日本政記』
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「衆寡(しゅうか)敵せず」との言葉もあるが、寡(少数)によって衆(多数)に勝つことこそ戦の妙味である。織田信長(おだのぶなが)の桶狭間(おけはざま)の戦いしかり、北条氏康(うじやす)の河越の戦いしかり。そのいずれも攻撃すべき機(時)を逸することなく、すばやく決断したからである。つづけて山陽(さんよう)は「急にすればすなわち未だその機に及ばず、緩(ゆるや)かにすればすなわちすでにその機を過ぐ」とも語っているから、すばやい決断は、早すぎても遅すぎてもよくない。チャンスは千載一遇(せんざいいちぐう)であるということだ。

魂を揺さぶる偉人の一言「名将名言録(平成23年版)」
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