それでも桑田は腐らない
戦力外通告も経験の一つに
2007年08月15日
ある程度は予期していたこと
現地時間8月14日、パイレーツの桑田真澄に戦力外通告。ここまで19試合を投げて0勝1敗、防御率9.43と結果を出せなかった。
故障者続出で野手が足りず、しかも下位低迷で若手を試したいチーム状況を考えても、フロントの決断は仕方なかっただろう。後半戦の桑田は苦しい投球ばかりだったと言うが、だとすれば降格はむしろ遅すぎたぐらいだ。
メジャーリーグはハリウッド映画ではない。だから、心温まるストーリーも毎回絵に描いたようなラストを迎えるとは限らないのだ。
もっとも、賢明な桑田なら、あるいはこんな結末があり得ることもある程度は予期していたのかもしれない。今月初めの取材時、すでに苦しい立場になりつつあった本人に、マイナー落ちへの危機感について尋ねてみたことがあった。
「落ちるときは落ちるし、落ちないときは落ちない。そんなのは誰にも分からないですよ。完ぺきな人間は一人もいないんですから」。軽く笑顔すら浮かべ、桑田はまるで達観したような口調でそう語った。その姿からは、やることはすべてやった人間の覚悟のようなものが感じられた。マウンドで常に全力を尽くして、これで駄目なら仕方ない――。
「桑田の挑戦」は成功だった
もちろん、現時点で桑田が今回の戦力外通告を心底どう受け止めているかは分からない。メジャー1勝は実現しなかったし、シーズンを最後まで務め上げることもできなかった。悔いがまったくないはずはないだろう。
だが、周囲から一つだけはっきり言えることは、残念な結末を迎えても、今季の「桑田の挑戦」が間違いなく成功として記憶されるだろうということだ。39歳の高齢で、限界説を果敢に振り切って桑田は太平洋を渡って来た。開幕前にメジャー昇格を目前にしながら、3月のオープン戦中に不運な形で右足を故障。それでも決して腐らず、慌てず、地道なリハビリを続けていった。
そして迎えた6月10日、あきらめなかった男はニューヨークで夢のメジャー初昇格。全盛期の球威は見る影もなかった。だが、熟練のコントロールと投球術を駆使し、桑田はアメリカの強打者たちをかわしていったのだ。
元ヘビー級王者の生き様に重ね
これは個人的な話だが、そんな桑田の姿を見ながら、筆者はボクシングの元ヘビー級王者、ジョージ・フォアマンの有名な言葉を何度も思い出していた。
「老いることは、決して恥ではないんだよ」
元五輪の金メダリストで、プロでも若くして世界王者となったフォアマンは、40歳を目前にして現役復帰。当初は冷笑を浴びながら、45歳で20年ぶりに世界チャンピオンに返り咲いた。若き日の運動能力はなくとも、経験からもたらされた知己を武器に再び世界の頂点に立ったファオマン。そんな尊敬すべきチャンピオンと、異国で最高峰の野球に挑む桑田の背中が重なって見えた。
そのフォアマンの言葉を伝えたとき、桑田が間髪入れずに言った言葉を、筆者は決して忘れることはないだろう。
「歳を取らないと何も学べないんですよ。経験を積むってことが大事。例えばあそこのステーキハウスのヒレ肉がおいしいって言われても、自分で食べてみないとそのおいしさが分からないでしょ? どんなに言葉で表現されたって分からないでしょ? だからこそ、何ごとも経験しなきゃ。体験しなきゃ。挑戦しなきゃ。一回でも自分で触ってみないと、何事も分からないんですよ」
残したメッセージは途切れない
口で言うのは簡単だが、実際に行うのは極めて難しい。しかも39歳という年齢で、彼が挑んだのはメジャーリーグ。さらに大事な足に故障を抱えながらという状況であれば、なおさらである。
桑田はそんな苦境の中でも、常に明るさと前向きな姿勢を保ったまま前に進んで行った。だからこそ、見ている者も素直に感動できたのだ。
今回の戦力外通告で、39歳の挑戦はひとまず終わったと言える。今季これまでに残した実績だけを見れば、他チームからオファーが届く可能性はかなり低いと考えざるを得ない。だとすると、今後はマイナーでチャンスを待つか、あるいはユニホームを脱ぐか。先のことは、まだ分からない。
しかし、2007年に桑田はメジャーに挑戦し、自分自身でアメリカ野球に触れてみることができた。万人には与えられない貴重な体験を経て、そこに確かな足跡を刻み込んでいった。今後がどうあれ、その姿が色あせることはない。と同時に、メジャーの舞台を降りても、桑田が残していった爽やかなメッセージも決して途切れはしない。
「経験、体験、そして挑戦」
現役野球選手であろうとなかろうと、桑田自身もまた新たな目標を見つけ、さらなる挑戦を続けて行くに違いないのだ。これから先も、いつまでも。
■杉浦大介/Daisuke Sugiura
1975年、東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「やさしく分かりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、ボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『NHKウィークリー・ステラ』など、雑誌やホームページに寄稿している
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/column/200708/at00014246.html
戦力外通告も経験の一つに
2007年08月15日
ある程度は予期していたこと
現地時間8月14日、パイレーツの桑田真澄に戦力外通告。ここまで19試合を投げて0勝1敗、防御率9.43と結果を出せなかった。
故障者続出で野手が足りず、しかも下位低迷で若手を試したいチーム状況を考えても、フロントの決断は仕方なかっただろう。後半戦の桑田は苦しい投球ばかりだったと言うが、だとすれば降格はむしろ遅すぎたぐらいだ。
メジャーリーグはハリウッド映画ではない。だから、心温まるストーリーも毎回絵に描いたようなラストを迎えるとは限らないのだ。
もっとも、賢明な桑田なら、あるいはこんな結末があり得ることもある程度は予期していたのかもしれない。今月初めの取材時、すでに苦しい立場になりつつあった本人に、マイナー落ちへの危機感について尋ねてみたことがあった。
「落ちるときは落ちるし、落ちないときは落ちない。そんなのは誰にも分からないですよ。完ぺきな人間は一人もいないんですから」。軽く笑顔すら浮かべ、桑田はまるで達観したような口調でそう語った。その姿からは、やることはすべてやった人間の覚悟のようなものが感じられた。マウンドで常に全力を尽くして、これで駄目なら仕方ない――。
「桑田の挑戦」は成功だった
もちろん、現時点で桑田が今回の戦力外通告を心底どう受け止めているかは分からない。メジャー1勝は実現しなかったし、シーズンを最後まで務め上げることもできなかった。悔いがまったくないはずはないだろう。
だが、周囲から一つだけはっきり言えることは、残念な結末を迎えても、今季の「桑田の挑戦」が間違いなく成功として記憶されるだろうということだ。39歳の高齢で、限界説を果敢に振り切って桑田は太平洋を渡って来た。開幕前にメジャー昇格を目前にしながら、3月のオープン戦中に不運な形で右足を故障。それでも決して腐らず、慌てず、地道なリハビリを続けていった。
そして迎えた6月10日、あきらめなかった男はニューヨークで夢のメジャー初昇格。全盛期の球威は見る影もなかった。だが、熟練のコントロールと投球術を駆使し、桑田はアメリカの強打者たちをかわしていったのだ。
元ヘビー級王者の生き様に重ね
これは個人的な話だが、そんな桑田の姿を見ながら、筆者はボクシングの元ヘビー級王者、ジョージ・フォアマンの有名な言葉を何度も思い出していた。
「老いることは、決して恥ではないんだよ」
元五輪の金メダリストで、プロでも若くして世界王者となったフォアマンは、40歳を目前にして現役復帰。当初は冷笑を浴びながら、45歳で20年ぶりに世界チャンピオンに返り咲いた。若き日の運動能力はなくとも、経験からもたらされた知己を武器に再び世界の頂点に立ったファオマン。そんな尊敬すべきチャンピオンと、異国で最高峰の野球に挑む桑田の背中が重なって見えた。
そのフォアマンの言葉を伝えたとき、桑田が間髪入れずに言った言葉を、筆者は決して忘れることはないだろう。
「歳を取らないと何も学べないんですよ。経験を積むってことが大事。例えばあそこのステーキハウスのヒレ肉がおいしいって言われても、自分で食べてみないとそのおいしさが分からないでしょ? どんなに言葉で表現されたって分からないでしょ? だからこそ、何ごとも経験しなきゃ。体験しなきゃ。挑戦しなきゃ。一回でも自分で触ってみないと、何事も分からないんですよ」
残したメッセージは途切れない
口で言うのは簡単だが、実際に行うのは極めて難しい。しかも39歳という年齢で、彼が挑んだのはメジャーリーグ。さらに大事な足に故障を抱えながらという状況であれば、なおさらである。
桑田はそんな苦境の中でも、常に明るさと前向きな姿勢を保ったまま前に進んで行った。だからこそ、見ている者も素直に感動できたのだ。
今回の戦力外通告で、39歳の挑戦はひとまず終わったと言える。今季これまでに残した実績だけを見れば、他チームからオファーが届く可能性はかなり低いと考えざるを得ない。だとすると、今後はマイナーでチャンスを待つか、あるいはユニホームを脱ぐか。先のことは、まだ分からない。
しかし、2007年に桑田はメジャーに挑戦し、自分自身でアメリカ野球に触れてみることができた。万人には与えられない貴重な体験を経て、そこに確かな足跡を刻み込んでいった。今後がどうあれ、その姿が色あせることはない。と同時に、メジャーの舞台を降りても、桑田が残していった爽やかなメッセージも決して途切れはしない。
「経験、体験、そして挑戦」
現役野球選手であろうとなかろうと、桑田自身もまた新たな目標を見つけ、さらなる挑戦を続けて行くに違いないのだ。これから先も、いつまでも。
■杉浦大介/Daisuke Sugiura
1975年、東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「やさしく分かりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、ボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『NHKウィークリー・ステラ』など、雑誌やホームページに寄稿している
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/column/200708/at00014246.html