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randomnote

日記。

○ 1913年2月20日

2016年03月09日 | 臺法月報


△牛爺、馬爺 牛と馬とは何時も乍ら引き合ひに出されるゝのであるが、殊に本年は丑歳であるから本当の牛に就て一寸書て見やう、本島には牛天とか牛祭りとか云ふ様なものはない様であるが、牛爺、馬爺と稱するがある、是は我が母國の牛頭天王、馬頭天王と云ふと同じである、本島のは罪人を逮捕懲戒し又は刑罰を執行することを掌つて居る、此のは何れの廟にも居ると云ふのではなく、十殿閻王のある寺廟には必ずある、台南には岳帝廟、重慶寺、それから新竹の廟にもあつたと思ふ、彼の鑼皷亂撾の御祭り行列の眞先きに立つて行く、身の丈け一丈餘りの張子の人身牛首、馬頭人體が即ちそれである、其執務振りはかうである、茲に人間の犯人があるが、人間界では之を探査することが出来ず困じて居る、即ち犯人が巧みに法網を脱れ居る場合、此場合は直に其實況を取調べて主に報告する、恰も警察の刑事の様な鹽梅である、此報を得た主は直に其犯人を處分する、其處分は犯人をして不治の重病に罹からしめ、又は白痴、瘋嬾(ふうらん)となさしめ、再び世に起ちて活動することを得ざらしむるのである、陽間丈けでは取調べがつかぬ時は、陰間にも出張して取調べるのである、假へば被害者は死亡して地下に居る、其加害者が明らかでないと云ふ場合、如此時は牛爺、馬爺はそれぞれ手配りをして黄泉へ出張し、亡者を訊問して加害者の誰かを知り、陽間即娑婆に歸り主に報告する、主神は之に依て犯人を處罰するのである、處が之れは加害者の生存し居る場合である、若し取調べの結果、加害者も已に死亡して居ると云ふことを知った場合は此の二は己れの直属長官たる、閻王に報告するのである、閻王は自己の管轄内のことであるから、直に此の両に命ずる、両は其部下なる掌牌爺と云ふに其執行方を命ずる、被命者は、落磨(スリミ)、落油(アブラ)鼎(イリ)、呑錢(テツノタマ)丸(ノマス)、攪(ヒバシラ)火柱(ヲダカス)、割(シタ)舌(ヲキル)、落(ノコギリ)鋸(サキ)、落(ツキ)椿(ミ)、落(フカシ)蒸(ミ)、浸(チノ)血(イケニ)池(イレル)、挖(メヲ)目眮(ヌク)、寃死(ロウニ)城(イレル)等それゞ犯情に照らして処罰するのである、斯う云ふ風であるか土人に於ても加害者の知れざる場合、又は故意に加害者を害する為め、假へば些細なることにでも害を受けたるとき其加害者をして大いなる禍に逢はしめやうとする場合等は其被害の状況を書き陳ねて此に祈り訴へ、而し(しかし)て後之を焼くのである、さうすると其効験が顕はるゝと云ふて居る、それが爲め此前には年中香煙が絶えぬのである、が之れを聞いては、本島人に對しては滅駄に大きな聲で話すことも出来ないことである、でも畏ろしきは牛馬の両ではあるまいか。

1913年2月20日 臺法月報第七巻第二號