序
古人いわく善に従う登るが如し、悪に従う崩るが如しとむベ或言や、総じて生を世に享ける者、難しきを避け易きに就く、これ一般通性たり、假令個人の悪習と雖も、容易に他に及ぼし、甲伝乙承(甲が伝えて乙が聞き入れること)延びて郷党の幣習と成り、上流下接(上から流れ下が受ける)の勢いを成し、滔々あまねく全般に瀰漫(びまん)し、社会の秩序をみだれリ、国礎をあやうするに至る 心ある者焉(いずくん)ぞここに意を須(しゅ)ひずして(しなければならない事)可ならんや。 ひるがえして本島の習俗を見るにただに悪習弊俗に止まらず、最も危険なる迷信を含むもの多し、そもそも迷信は、かつてある時代に於いて、公衆が合理的信仰と認めたるものなるも現時開明の文化と相容れざるものなり。
そうしておおよそ迷信の魔力に魅せられたる民衆の心理は、火を以って熾(し)くべからず水を以って滅すべからず威力も理論も以ってその心境を移すあたわざるに到る。
彼の信ずる神の為には、あまんじて愛子を殺し祭祀に献ぜし「アブラハム」の如き、又冥福を祈る為には、悦んで子女を「ガンジス」河に投じ、鰐魚(わに)の餌
と為す印度人の如き、そのもっとも甚だしきものなりと雖も、之を青史に微するに、シナ民族の迷信深きは更に一層甚だしきものあり、かの狡徒拳匪の輩、必ずや裏面に此の迷信を利用し、名を降神問佛に籍り、妄誕綺語を以って愚民を扇動せしめ、事を作し国を乱せしこと其の事例甚だ多し。況(いわん)や文物遅れ制度周らざりし、孤懸の島嶼に在りしシナ民族に於いてをや。
夫れ然り而して改隷すでに20有余秋、今や人文日に新たに、月に盛りにして昔日の如くならず、当局また専ら同化(どうか)の道を開き之を導かんとす、然(しか)り雖(いえども)も、若し之を導かんと欲せば、須らく島民の悦服を得ざる可らず、島民の悦服を得んと欲せば、先づ民衆の心裡を詳悉せざる可らず、民衆の心裡を詳悉せんと欲せば、宜しく在来の風俗習慣を探究せざる可らず、風俗習慣を探究し得て以て之を善用し、茲に始めて蒙を啓くを得べし矣
余(よ)夙(つと)に感ずる所あり、公(こう)餘(よ)洽(あまね)く諸書を渉獵(しょうりょう)し、或(あるい)は古老に質し、耳學ロ説、大小輕重を問わず、本島閭巷に於ける風俗習慣を探究し、苟(いやし)くも得る所あれば必ず之を摘録し積んで册(さく)を成す、知己某之を知り、
徒(いたずら)らに蔵して空しく蠧魚の餌と爲すを惜み、勸(すす)むるに上梓(じょうし)の事を以てす、
依って熟(つくづく)を惟(おも)ふに世間如斯(かくのごとき)の類書頗(すごぶ)る尠(すくな)く志士の不便甚(はなは)だしからむ事を慮(おもんばか)り、推敲(すいこう)半(なかば)にして未だ完壁に非(あたわら)ざるを省(かえり)みず、
敢(あえ)て江湖の急需に應(おう)ずることとせり。其(そ)の名臺灣風俗誌(たいわんふうぞくし)と稱(しょう)し、
單に本島の風俗を描きたるのみなるが如き觀あるも。其の意蓋(けだ)し矯風正俗(きょうふうせいぞく)に在り。読者幸(さいわい)に之れを諒(りょう)せよ
著者識
読んでゆくうちに、まさにこれは我々の心の中にもあるんじゃないかと。つまり、片岡巌は自分たち日本人及び日本政府に向かって暗に警告を発していたのでは無いかと思いますが、いかがでしょう?
後半を現代今風に書き直すと
この台湾風俗誌という本は、台湾地方法院検察通訳の仕事に関わる上で調べていた資料で出版するつもりでない資料でした。
でも、友達が本棚で虫に食われてしまうのはもったいないから出版したら?と勧めてくれたので、何かの役に立つと思い完全じゃない所も多々有るけど、出版に至りました。ただ、収集した感じもするけど、悪い風俗を正し、正しい風俗風習を伝えて行く事が事がこの本の趣旨です。
ということが書いてあると思います。