臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(12月16日掲載・其のⅠ・:決定版)

2013年12月22日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]

(半田市・榊原めぐみ)
〇  地下鉄の路線図のごと枯れ枝の絡まり合って十二月の空

 「東京都内の『地下鉄の路線図』は、幾層にも複雑に絡まり合い、重なり合っていて、恰も『十二月の空』に浮ぶ闊葉樹の枝の如し」という訳である。
 師走ともなると、人の心が急に忙しなくなり、その日その日の予定や約束なども、当事者さえも何か何だか判らなくなる程にも、複雑に絡まり合ったり、重なり合ったりするのでありましょうか?
 ならば、掲歌中の「十二月」という語は、単に季節を表すだけでは無く、押し詰められたような気持ちに陥っている、作者の心理状態をも表している、と言わなければなりません。。
 ところで、手元に在る「メトロネットワーク」なるパンフレットを見たところ、「サンケイ前」なる蔑称で以って知られる「大手町駅」には、東京メトロの「丸ノ内線、東西線、千代田線、半蔵門線」の他に、都営地下鉄の「三田線」も乗り入れていて、地上から透かして見ると四層、五層ならぬ六層という、複雑怪奇なる地下構造を成しているのである。
 〔返〕  大手町駅「サンケイ前」と蔑まれ奈落の底の六層を成す


(いわき市・馬目弘平)
〇  津波にて壊れし墓石棄てられて逆さに横に戒名の山

 何分、老耄の身である故、今となっては記憶も定かではありませんが、しばらくの間、思い付くままに昔物語をさせていただきます。
 今年の晩春のことでありましたが、私は、魯直なる出家名を持つかつての学友と共に、「雑司ケ谷の儒者棄て場」から「音羽の護国寺」、更には足を上野まで延ばして「寛永寺の境内」や「谷中の墓地」まで、文学散歩と称して歩き周ったことがありました。
 「雑司ケ谷の儒者棄て場」と言えば「雑司ヶ谷墓地」の異称であり、夏目漱石や永井荷風の墓所として知られた、都内有数の墓地なのであるが、その一廓に、大小さまざま、それぞれ苔生した石を積み上げた暗所が在りました。
 その暗所に積み上げられている石には、それぞれ、戒名や享年と思われるような文字が刻まれて居て、供養するべき家系が断絶してしまったり、行方不明になったりしてしまったようにも思われたのである。
 そして、その傍らには、「これらの墓石に就いて思い当たる者が居られましたら、〇月〇日まで管理事務所まで出頭されたし。出頭者の無い墓石については、無縁として処理する」という、無情な立札が立てられていたのである。
 それとは別に、この件は、一昨日、即ち、十二月十九日のことであるが、「私の連れ合いの妹一家・Y家では、突然、墓所の改葬を行った」とのこと。
 Y家の墓地は、元々横浜市内の「〇〇霊園」なる名称の大規模霊園の一廓に在ったのであるが、その霊園を所有し、管理に当たるべき「××墓園」なる宗教法人が、「株式投資に失敗したとの不当なる理由」で以って、管理者が不在となってしまったのであり、「私の連れ合いの妹一家・Y家の突然なる墓所の改葬」は、その件に関連しての措置だったのである。
 私は、Y家の墓所に墓参したことが無いので詳しいことは知りませんが、「〇〇霊園」に在ったY家の墓石は、「墓地の広さに相応しく、その建立価格が三百万円以上の大枚を要した」とか。
 定年退職後間も無くの夫が、わずか六十一歳で亡くなった後、母一人子一人の寂しい暮らしの中から、亡き夫の退職金のほとんど全てを叩いて購入した広い墓地は、今となっては只の雑草の繁る草原と化してしまうのであり、改葬と同時に、作業トラックの荷台に載せられて運ばれて行ったに違いない墓石は、何処かの空き地に苔生して野積みされているのでありましょう。
 〔返〕  「俗名・まさ、安政元年没」と刻まれて野積みされたる無縁の墓石

 
(福岡市・城島和子)
〇  場所終り急に淋しき博多の街力士の姿消えて木枯し

 「不入り・赤字」続きの「大相撲九州場所」の開催の是非に就いては一考の余地あり。
 即ち、「大相撲十一月場所」は、「名古屋・福岡・札幌・仙台・金沢」といった地方の大都市に開催地を移して、隔年開催または数年置きの開催にしたら如何でありましょうか?
 〔返〕  櫓太鼓の音も絶へ玄界灘から木枯しが吹く師走の博多


(横浜市・原田彩加)
〇  履歴書を茶色いペンで書いてきたマスブチ君が職場に馴染む

 「マスブチ君」とやらに物申す!
 「履歴書を茶色いペン」で書くなどという不届き千万のことを度々遣らかして居たら、今後一切、再就職は望めませんから、今の職場の人間関係を大切にして、真面目に勤務されたし!(以上)
 〔返〕  履歴書を茶色のインクで書くなんてふざけるのにも程がありましょう  


(伊那市・田邊幸子)
〇  ふるさとではひっつきもっつきみすずかる信濃の国ではどろぼう草と言う

 「ひっつきもっつき」という即物的な言い方は、「キク科オナモミ属の一年草・オナモミ(耳、巻耳、学名:Xanthium strumarium)」を指して謂う、広島などの西日本の方言であり、私の連れ合いの生れ在所の秋田県横手市の山の手地区に於いては「のさばりこ」と呼んだとか。
 「のさばりこ」とは、「母親にぴったりくっ付いて離れない幼児」を指しても謂うのであり、これ亦、オナモミの方言しては極めて即物的な言い方である。
 ところで、「みすずかる信濃の国」では、その「ひっつきもっつき」こと「オナモミ」を称して「どろぼう草と言う」とか?
 所変われどその呼び名には、それほどの変わりはありません。
 〔返〕  みすずかる信濃の国のオナモミはあばにくっ付く泥棒草だ       <注> 「あば」とは、東北方言で謂う「母・妻」の意。


(三原市・岡田独甫)
〇  木枯しに車を誘導する男車とだえて足踏みしおり

 この「木枯し」の吹き荒ぶ中での「車の誘導」は、極めて辛い作業でありましょうから、「車とだえて足踏みしおり」という場面は、私も再三目にしております。
 〔返〕  紅葉狩り女車に衣出だし匂宮の心狂はす              <注>  「女車」とは、「宮中の女房などが乗る牛車。男性用より少し小さく、簾(すだれ)の下から下簾を出して垂らす。」


(山口市・山本まさみ)
〇  二時間で一巻の糸が変わりゆくわが編み込みのぬくぬく帽子に

 たった「二時間」の「わが編み込み」で、「一巻の糸」が手編みの「ぬくぬく帽子」に「変わりゆく」とは、まるで魔法みたいである。
 察するに、掲句の作者・山本まさみさんは編物の名人でありましょう、とまで言ったら褒め過ぎであり、手編みの「ぬくぬく帽子」ぐらいは、女子高生は勿論、会社勤めの男性だった編めますからあんまり見せびらかさないで下さい。
 〔返〕  手編みとて自慢たらしく歌に詠む中国製なら105円だぞ


(宇都宮市・渡辺玲子)
〇  黒塗りの書類ばかりが増えてゆき秘密は秘密裏に処分されゆく
(浜松市・松井恵)
〇  つぶやけば薄気味わるく暗むなり「特定秘密保護法」なるは
(川越市・橋本峯)
〇  湯気に曇る眼鏡は晴れる晴れざるは憲法九条、秘密保護法案

 「これはこれはとばかり花の芳野山」とは、貞門派の俳人・安原貞室の名吟である。
 第5代将軍・徳川綱吉の治世下、元禄の世、毎春の花見頃ともなれば、江戸や上方の暇を持て余した風流人たちは、我も我もとばかりに「花の吉野山」に押し掛け、今を盛りと咲く桜花を愛で、美酒に酔い痴れた挙句、酒に足を取られて転んでも尚且つ、和歌を詠み、俳諧の筵に連なり、満天下の人々に向って「我が世の春」を謳歌したものでありました。
 自公連立内閣が、この度の第185回国会に提出し、去る12月25日に参議院を通過して成立した「特定秘密保護法(通称)」も亦、「花の吉野山」と同様に、並み居る平成の歌人たちに、恰好の題材を提供したものと思われ、このところの数週間の「朝日歌壇」の入選作には、一分咲き程度の出来栄えの「特定秘密保護法」関連の作品が、ちらほらと混じっているのである。
 就きましては、この際、関連作品について纏めて評言などを記させていただきますので、何卒、お許し下さい。
 渡辺玲子さんの御作に就いて申せば、「黒塗りの書類ばかりが増えてゆき」とは、「墨塗りの教科書」をお使いになった、経験に基づいての表現でありましょうか?
 松井恵さんの御作に就いて申せば、「つぶやけば薄気味わるく暗むなり」とは、あまりにも言語感覚が細やか過ぎはしませんか?
 橋本峯さんの御作に就いて申せば、「晴れざるは憲法九条、秘密保護法案」とは、如何なる意味でありましょうか?  
 以上、思い付くままに、一言ずつ申し上げましたが、さればとて、私は自公連立政権支持者ではありません。
 〔返〕  これはこれはとばかりに投稿し花の入選勝ち取れる歌  


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