臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(11月1日掲載・其のⅡ)

2010年11月03日 | 今週の朝日歌壇から
[永田和宏選]

○ 調教の終りし馬の頸たたく人の白息馬の白息  (大牟田市) 鹿子生憲二

 「ご苦労さまでした。今日は本当によく走ったね。特に上がり三ハロンは最高でした。この分では来週の出走が楽しみだよ」といった気持ちを込めての、「調教の終わりし馬の頸」を「たたく」のでありましょうか?
 「人の白息馬の白息」によって、人馬共に力一杯走らせ、走ったということがよく解る。
 で、「人の白息馬の白息」という<七七句>は、ここだけを単独に見ると、<馬の白息人の白息>と、その順序を逆にした方が良いように思えるのであるが、そうすれば、直前の「頸たたく」と繋がらなくなるから、やむを得ずそうしたのであろう。
  〔返〕 一走り走った後の秣好し人馬一体晴の日を待つ   鳥羽省三


○ 雨上がり電車内にはいくつもの小骨のように透き通る傘  (鴻巣市) 一戸詩帆

 「小骨のように透き通る傘」という表現に、やや難在り。
 この「傘」は透明のビニール傘と思われるが、そのビニール傘が、「雨上がり」の「電車内」に畳まれたままに置かれているのであろうが、作者の目には、その「傘」の<骨>が、何か魚の「小骨」のような感じで、透き通って見えるのでありましょうか?
 その感じは、評者にも解らないでも無い。
 しかし、「小骨のように透き通る傘」と、安直に言われてしまうと、首を傾げざるを得ないのである。
  〔返〕 雨上がり二輌座席に夕陽射し魚の骨の如き雨傘   鳥羽省三


○ わが頬に感ぜぬほどの雨なれや外灯に大き輪の生れ光る  (埼玉県) 堀口幸夫

 灯っている「外灯」の周りの大きな光の「輪」の感じから、「わが頬に感ぜぬほどの雨」が降っていることを感得したのでありましょう。
  〔返〕 外灯の光に群るるカナブンの濡れた翼の光れる小雨   鳥羽省三


○ 祇園とふ京の市電乗り継ぎて君を見舞ひし秋の広島  (柳井市) 沖原光彦

 「祇園とふ京の市電」と言われても、一瞬は何のことか解りません。
 一瞬置いた後の次の瞬間に、「かつて京都市内を走っていた『市電』が払い下げされて、今は『広島』市内を走っているのだ」と解るのである。
 「広島」市内を走っている「市電」の何処かに、「祇園」の文字が書かれていたのでありましょうか?
  〔返〕 厳島平家納めし経の在り京と広島なにかと縁      鳥羽省三
      お杓文字に紅葉饅頭牡蠣に柿茸雲まで言ふに及ばぬ     々


○ 通勤の朝に通るは啄木が勤めし小樽日報社跡  (小樽市) 吉田理恵

 たったそれだけのことでも、其処に何かの縁を感じて、本作の作者・吉田理恵さんは、それをきっかけとして短歌の道にお入りになったのかも知れません。
  〔返〕 伊藤整小林多喜二さらにまた石原裕ちゃん小樽に縁   鳥羽省三


○ 魚臭の町やうやく過ぎてのぼり来し名知らぬ岬の秋潮の色  (愛西市) 坂元二男

 「魚臭の町」という一句目、更には「名知らぬ岬の」という四句目にも<字余り>が在るが、韻律の乱れを感じることは無い。
  〔返〕 『風琴と魚の町』を思ひ出づ林芙美子の懐かしき歌   鳥羽省三


○ 巡礼の旅の杣道また一つ野仏在れば野の花供う  (富士吉田市) 萱沼勝由

 本作の舞台となった「巡礼の旅の杣道」は、<秩父>でありましょうか?
 だとすれば、「杣道」という言い方には若干の誇張は感じられるものの、その雰囲気は非常によく出ていると思います。
  〔返〕 また一つお旅所の在り水一杯口を漱ぎて次の札所へ   鳥羽省三 


○ ヘアピンのカーブミラーの足元に馬頭観音苔むして立つ  (常滑市) 中野幸治

 「ヘアピンのカーブミラー」と「馬頭観音」とのアンバランスが面白いが、こういう箇所は、現実の日本の至る所に偏在しているのである。
  〔返〕 道の辺の観音様に花供へバイクツアーの若きらは発つ   鳥羽省三



○ 読書会収支について反対も賛成もなく購読つづく  (鹿児島市) 杉村幸雄

 舌足らずが目立つ一首ではあるが、「読書会」に余念の無い人々の雰囲気はよく写し出されてはいる。
  〔返〕 総会の終わるや否や声上げて『日輪』を読む読書会員   鳥羽省三


○ とめどない君の話を聞きながら気球に乗って空を飛んでた  (岸和田市) 青木さおり

 とめどなく「空」を「飛んで」行く「気球」。
 その「気球」に「乗って」、「とめどない君の話を聞きながら」、私は「空を飛んでた」ということでありましょう。
 ふわふわとしていて安定感に欠けた感じを出すことに成功している。
  〔返〕 ごつごつと話せる君に調子呉れ石ころだらけの山道を行く   鳥羽省三 


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