臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の朝日歌壇から(5月17日掲載分)

2010年05月20日 | 今週の朝日歌壇から
○ 手の甲に今日の仕事の書いてある若手社員と乗るエレベーター  (東京都) 豊 英二

 「そんな社員が現実に居るものだろうか」などとも思ってしまうが、昨今の若者気質を思ってみると、「宜なる哉」とも思われる作品である。
 真面目とも思われるが、それとも少し違う。
 融通が利かないとも思われるが、そう言うのも憚られる。
 とにかく、今の所はあまり使い物にならないようにも思われるし、かと言って頭からそう決め付けるわけにも行かない。
 古参社員の自分とは別人種のような「若手社員」と一緒に「エレベーター」に乗り合わせた時の、本作の作者の何とも言いようの無い複雑な気持ちが偲ばれる一首である。
  〔返〕 胸底の悪しき欲望抑へつつ女子部下と乗るエスカレーター   鳥羽省三


○ 竹に旬ありて筍、わが生涯旬なく過ぎてもうすぐ八十  (神戸市) 内藤三男

 人生百二十年、旬は年齢に非ずして心栄えなり。
 旬と思えば今が旬なり。
  〔返〕 目に青葉山ほととぎす初がつを間も無く旬と思ひてぞ食ふ   鳥羽省三


○ 青年がテレビカメラに微笑みてデモ行進に合流し行く  (東京都) 白石瑞紀

 これまた「然もありなん」といった光景である。
 この「青年」は、心栄えの優れた好ましい「青年」である、などと言ってみたくもなる。
  〔返〕 横綱の記者会見の画面にてふと目にしたる少年の笑み   鳥羽省三


○ 何色かわからぬ程に色あせて国会議事堂靄に煙れる  (浦安市) 白石美代子

 「何色か」は判らぬが、<赤>や<金><緑>で無いことは確かである。
 民主・自民の二大政党及びその周辺に蠢いている「雨後の筍政党」の色は、確かに「何色かわからぬ」とでも言った方が宜しいほどに「色あせて」いる。
 霞ヶ関の風景に託して、作者は、自分の言いたいことを、言いたい放題に言っているのである。
  〔返〕 最初<白>やがて<灰色>ついに<黒>国会議事堂闇に浮かべり   鳥羽省三


○ この森に生まれた猫は甘えない 捨てられて来た猫だけが泣く  (高崎市) 門倉まさる

 「猫」が「泣く」のは、甘えるためだけであろうか?
 「捨てられて来た猫」の胎内から「生まれた」子猫は、泣かないのだろうか?
  〔返〕 猫泣きは人に甘えてするものか野良に生まれた猫は泣かぬか?   鳥羽省三


○ ソクラテスのような顔してみなジャズを聴いていたっけ新宿「木馬」  (坂戸市) 山崎波浪

 作中の「新宿『木馬』」とは、その昔、新宿・歌舞伎町に在った「ジャズ喫茶・木馬」のことでありましょう。
 上京間も無く、ジャズとポップスの区別もつかない私は、東京育ちの悪友に連れられて、たった一度だけ足を運んだことがある。
 田舎育ちの私は、何がなんだか判らずに、翌日、その悪友から請求されるに違いない<割り勘>の額だけを心配しながら、二時間ほどの時間を騒音の中で過ごしたものであったが、今となっては古き良き想い出でもある。
  〔返〕 干し鱈のような顔して痺れてたクラリネットも今は懐かし   鳥羽省三


○ この広い野原いっぱいに花辛菜(マスタード)が吹寄卵の色に咲いてる  (アメリカ) 郷 隼人

 「吹寄卵」は獄中の食事として出されるのであろうか?
 だとしたら、「その味は塩味だろうか、ケチャプソース味だろうか、それともマスタードソース味だろうか」などと、いろいろと興味の尽きない一首ではある。
 詠い出しの五七は明らかに、森山良子作曲・小薗江圭子作詞のヒット曲・「この広い野原いっぱい」を意識したものと判断される。
 獄中に在る作者の耳底には、今でも「この広い野原いっぱい/ 咲く花を/一つ残らず/あなたにあげる/赤いリボンの/花束にして ...」と歌う、森山良子さんの、あの爽やかな声が残っているのだろうか?
  〔返〕 この広い野原いっぱいの蒲公英の綿毛を飛ばせ獄の窓辺に   鳥羽省三  


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