昨年の今日もこのような内容のエントリーを記したのですが、今年も1月17日がやってきました。
僕は東京で何の影響もなく過ごしていたのですが、リンク先のエントリーでも述べたように、
僕の親族一同はみんな阪神間に住んでいまして、とても人ごととは思えませんでした。
今日のNHKのニュースで震災関連の話題をまとめた番組を見ましたが、神戸在住の方が
「今や神戸は震災があったことも分からないぐらいの状態になっている。だからこそ、
あの日を忘れてはいけない」といった趣旨のことを述べておられました。また神戸の高校生の
「私らが震災を知る最後の世代だと思う」という言葉も印象に残りました。もうそれほどの時間が
流れたのか、と。
震災時のJR西日本の社員の動きをまとめた単行本を僕は読んだのですが、その中で当時の状況を
表す記述がありました。「会社から携帯電話を貸与されたことで、情報が一気に広がった。
あの携帯貸与はありがたかった」と。つまり当時は、まだまだ携帯が今のように一般的な
ものではなかったのですね。そういうことからも、時代の流れを感じます。
今を生きていられることに、僕は感謝しなければならないのでしょう。
僕は東京で何の影響もなく過ごしていたのですが、リンク先のエントリーでも述べたように、
僕の親族一同はみんな阪神間に住んでいまして、とても人ごととは思えませんでした。
今日のNHKのニュースで震災関連の話題をまとめた番組を見ましたが、神戸在住の方が
「今や神戸は震災があったことも分からないぐらいの状態になっている。だからこそ、
あの日を忘れてはいけない」といった趣旨のことを述べておられました。また神戸の高校生の
「私らが震災を知る最後の世代だと思う」という言葉も印象に残りました。もうそれほどの時間が
流れたのか、と。
震災時のJR西日本の社員の動きをまとめた単行本を僕は読んだのですが、その中で当時の状況を
表す記述がありました。「会社から携帯電話を貸与されたことで、情報が一気に広がった。
あの携帯貸与はありがたかった」と。つまり当時は、まだまだ携帯が今のように一般的な
ものではなかったのですね。そういうことからも、時代の流れを感じます。
今を生きていられることに、僕は感謝しなければならないのでしょう。
僕が今を何不自由なく暮らしていられること。それはすごく貴重でありがたいことなのだ、という思いを持たずにはいられません。
忘れてはいけない日。それが1.17だと思っています。