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私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「ゴールデンスランバー」

2010-02-09 20:32:59 | 映画(か行)

2010年度作品。日本映画。
首相の凱旋パレードが行われているそのすぐ近くで青柳は、大学時代の友人・森田と久しぶりに再会していた。様子がおかしい森田。そして爆発音。首相を狙った爆弾テロが行われたのだ。「逃げろ!オズワルドにされるぞ」。銃を構えた警官たちから、反射的に逃げ出す青柳。本人の知らない“証拠映像”が次々に現れ、青柳は自分を犯人に仕立てる巧妙な計画が立てられていた事を知る。青柳は大学時代の友人たちに助けを求めるが…。(ゴールデンスランバー - goo 映画より)
監督は「アヒルと鴨のコインロッカー」の中村義洋。
出演は堺雅人、竹内結子 ら。



まさしくエンタテイメントな作品である。

プロットにはうねりがあって盛り上がりもあるし、舞台設定はハデで、楽しませることに徹している。実際、ラストはハラハラさせられる。
また適度な笑いもあるし、いい話だな、と思えるような感動ポイントも用意されている。
これはエンタメ以外の何ものでもない。

もちろん、つっこみどころは腐るほどにある。
この文章を書いている最中に、ふり返ってみても、腑に落ちない箇所は思った以上に多かった。その多さにちょっと愕然としてしまう面は否定できない(どこがどうとは言わんけど)。

だが、観客を意識したつくりゆえに、欠点はあれど、おもしろいということ自体は事実なのだ。


伊坂幸太郎が原作ということもあり、伏線の張り方は綿密である。
原作は未読だけど、その物語展開の妙はいかにも伊坂的。
花火の使い方といい、アイドル救出の話を最後に生かすところといい、細かなピースが後半できっちり生きてくるところはさすが、つうか上手い。
物語の組み立ての上手さもあり、細かなところを気にしても仕様がないかな、という気にさせられる。


プロット以外の部分としては、友情の描き方というか、人とのつながりの描き方が、個人的には気に入った。
映画を見ていると、大学時代の友人たちの存在が結果的に、主人公である逃亡者の青柳を支えていると言える。その描き方は悪くない。

カズは青柳を救いきれなかったのだけど、彼を思い心配していることは明白だし、元カノの樋口も可能な限り、青柳の力になろうと行動している。
青柳のために行動しようと思うみんなの間には、確かな友情があるのだ。

友人たちだけでなく、親だって、息子を信じている。
父親が息子に語りかえる言葉は実にまっすぐであり、あまりに温かい。
また、元同僚も男気があって、すてきである。
都合よく周りが手を貸しすぎている面もあるのだけど、好意的に深読みするなら、それも青柳の人徳と言えるのだろう。

その友情なり愛情が、ベタなのだけど、胸に響いてならない。
ラストに当人にしかわからないエピソードを送りあうところも、個人的には感動できる。それは当人たち同士、親しい結びつきがあった証拠でもあるのだから。
その様がほのかに美しく、映画の余韻をすてきなものにしている。


いろいろ問題点は多いのだけど、その楽しませようとする姿勢と、まっすぐな世界はなんとも心地よい。
個人的には好きな一品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



制作者・出演者の関連作品感想
・中村義洋監督作
 「アヒルと鴨のコインロッカー」
 「フィッシュストーリー」
・堺雅人出演作
 「アフタースクール」
 「南極料理人」
 「ハチミツとクローバー」
・劇団ひとり出演作
 「嫌われ松子の一生」
 「どろろ」
 「パコと魔法の絵本」
・香川照之出演作
 「キサラギ」
 「嫌われ松子の一生」
 「ゲド戦記」
 「ザ・マジックアワー」
 「14歳」
 「憑神」
 「劔岳 点の記」
 「ディア・ドクター」
 「トウキョウソナタ」
 「20世紀少年」
 「バッシング」
 「花よりもなほ」
 「HERO」
 「ゆれる」

「崖の上のポニョ」(鑑賞2回目)

2010-02-06 08:24:52 | 映画(か行)

2008年度作品。日本映画。
海を臨む崖の一軒家に住む5歳の少年・宗介は、瓶に入り込んで動けなくなっていたさかなの子・ポニョを助けた。一緒に過ごすうちにお互いのことを好きになる2人だが、ポニョの父親・フジモトによってポニョは海へ連れ戻されてしまう。それでも宗介を想い、人間になりたいと願うポニョは、妹たちの力を借りてフジモトの蓄えた魔法の力を盗み出し、再び宗介の元を目指すが……。(崖の上のポニョ - goo 映画より)
監督は宮崎駿。



以前映画館で見たのだが、金曜ロードショーでやっていたので、改めて見てみる。

やっぱりこの映画は、意味がわからなくて、監督の独りよがりに堕している感が強く、つっこみどころも多いよな、という印象を受けてしまう。
だけど、久しぶりに見てみると、案外おもしろく、いい面を再確認、あるいは再発見することができた。ちょっと意外な気分である。


たとえば絵なんかは、何度見てもいいよな、と再確認できる。
アニメーションの絵や動きなどは本当に美しく、画風自体も味わい深くて、雰囲気もいい。
ジブリの絵は基本的にすばらしいのだが、いままでとはちがった新たな個性が感じられ、見ていて惹かれるものがある。

また物語の端々にあふれるイマジネーションの豊富さも忘れがたい。
特に家のすれすれまで海の水がくるところなんかは、見ていてもドキドキしてしまう。ありふれた道路に、古代の魚が泳いでいるところなどは、個人的には結構おもしろいと思った。
こういう発想の豊かさは、なかなか楽しい。


だが、そのあまりに豊かな発想は、物語の主筋を逆にわかりにくくしているのだろう、とも感じられるのだ。
正確に言うと、あまりにイマジネーションが豊富なために、監督はその想像力の説明をすることを放棄している。それが映画がわかりにくくなった原因と僕は思う。

また今回見て気づいたのだが、この映画はあまりに多くのメタファーを含んでいる。
そもそも、メインキャラクターであるポニョの存在自体が、一つのメタファーとも言えよう。
メタファーなんて、簡単に理解できるような類のものではない。そんなものを、主人公が担っている時点で、わかりにくい物語がよけいややこしくなるだけだ。
しかも個人的な解釈では、ポニョに与えられるメタファーは一つではなく、複数あるから、物語は一層複雑になってしまう。


僕個人の考えによると、ポニョが担うメタファーは、およそ2つほどになる。
表面的な役割は、宗介に恋をし、人間になりたいと憧れる魚の女の子としての役割である。
だがポニョに与えられたメタファーは、1つは自然の驚異の象徴と感じた。
そして2つ目は、太初より生命を育んできた、生命力の源たる海の象徴であると受け取った。よりシンプルに言うなら、ポニョ自体が生命力そのものを象徴していると言った方がいい。

この物語は単純に見れば、宗介とポニョのラブストーリーであろう。
だが同時に、これは自然の驚異と、宗介(人間)とが結ばれる話であり、人間が元来持っている生命力と、宗介(人間)とが手を握る話とも、僕には判断された。

人間は津波に翻弄され、街も沈むような形で、自然に打ちのめされることもあるかもしれない。
けれど、それなりにそんな自然とも共存していけるということを、象徴的に描いているように、僕には見える。

また、ぶすっとした赤ちゃんが笑ったり、歩けない老人が元気に走り回ったりするように、何かのきっかけで、人間は生命力を獲得し強く生きていくことができるのだ、ということを謳った話でもあるように、僕には見えるのだ。
まあ百パーセント、僕の思い込みなのだけど。

真偽はともかくとして、物語にはいろいろな深読みが可能で、多くのことを思わずにいられない。


何かごちゃごちゃ書いた。ともかく、悪い部分はあれ、いい部分も多く、想像力や個人的な空想を刺激してくれる作品ということだ。
ジブリの作品と見れば、微妙だが、それなりの佳品である。

評価:★★★(満点は★★★★★)



以前に書いた「崖の上のポニョ」の感想
 「崖の上のポニョ」(初回鑑賞時)

そのほかのスタジオジブリ作品感想
 「おもひでぽろぽろ」
 「ゲド戦記」
 「千と千尋の神隠し」
 「となりのトトロ」

「かいじゅうたちのいるところ」

2010-01-19 20:59:09 | 映画(か行)

2009年度作品。アメリカ映画。
空想が大好きな8歳の少年マックスは、母と姉との3人暮らし。しかし、近頃母も姉も自分をあまり構ってくれず、それに怒ったマックスは母とケンカし家出。浜辺にあった船に乗って海に出てしまった。そうしてたどり着いたのは、見たこともないかいじゅうたちが棲む島。マックスはかいじゅうたちの中へと入っていくが、彼らはマックスを食べようとする。そこでマックスは「僕は王様だ!」と空想の物語を語りはじめ…。(かいじゅうたちのいるところ - goo 映画より)
監督は「マルコヴィッチの穴」のスパイク・ジョーンズ。
出演はマックス・レコーズ、キャサリン・キーナー ら。



柔らかい雰囲気の映画である。

それは多分かいじゅうたちがCGではなく、着ぐるみを使って撮られていることが大きいのかもしれない。
風で体毛が揺れたり、ドスドスと歩く様は着ぐるみならではの味わいがあって、おもしろい。
「アバター」を始めとして、映画界はCG全盛の時代だけに、かえってこういうつくりは新鮮に映る。
そのため、特殊の世界を違和感なく受け入れられるのだ。


だが、肝心の物語の方は何かが足りないという印象は残る。
ストーリーの流れは平板で、盛り上がりに欠けるからそう感じるのかもしれない。

しかし、大したことのない内容の原作を、オリジナリティを加え、ここまでの作品に仕上げたのは見事な限りだ。
特に映画オリジナルな部分で目を引くのは、現実とファンタジー世界が、上手く呼応していることであろう。


主人公のマックスはちょっと乱暴で衝動的な部分もある男の子だ。
誰かに、特に母親にかまってほしいと思い、それが叶わないと、わがままな行動も取り、癇癪も起こす。だが時間が経って冷静になると、それを反省して落ち込む弱さも持っている。

その姿は、かいじゅうキャロルと重なる部分が多い。
KWに惹かれながら、彼女に対して尊大な態度を取り、怒りにまかせて暴力的な行動をとることもある。けれど時間が経つと落ち込んで反省もする。
互いは非常にそっくりだ。

そういう風に考えると、マックスはキャロルを通し、自分自身の姿を、客観的に見ていると言えるのかもしれない。
自分を客観的に見る。それは大人に至る道のりに、一歩踏み出したという言い方も可能だろう。


最終的にマックスは自分の世界に帰り、母と仲直りをする。それは幸福な終わり方だ。
だがあえて意地悪に言うなら、マックスはまた母に対して、わがままな行動を取ることもあるのだろう、という気もしなくはない。

だがかいじゅうたちのいるところから帰ってきたマックスは、少なくとも何かを得て帰ってきたはずだ。
その手応えが、何とはなく画面越しから感じられる。
物足りなさはあるものの、ラストのその手応えゆえに、味わいはなかなかよいのである。

評価:★★★(満点は★★★★★)



出演者の関連作品感想
・キャサリン・キーナー出演作
 「イントゥ・ザ・ワイルド」
 「カポーティ」

「キャピタリズム~マネーは踊る~」

2010-01-18 22:00:33 | 映画(か行)

2009年度作品。アメリカ映画。
2008年9月、リーマン・ブラザースは破綻し、大不況がやってきた。しかし実際はそれより以前からアメリカでは住宅ローン延滞のため、自宅を差し押さえられる人が増えていたのだ。「1%の富裕層が底辺の95%より多い富を独占」しているというアメリカでは、国民の税金が金持ちを救うために投入される。ムーアは$マークのついた袋を持ち、「僕たちの金を返せ!」とウォール街へ突入していく。(キャピタリズム~マネーは踊る~ - goo 映画より)
監督は「ボウリング・フォー・コロンバイン」のマイケル・ムーア。



「ボウリング・フォー・コロンバイン」以来、マイケル・ムーアの作品をずっと見てきているが、本作もマイケル・ムーアらしい作品になっていて、いい意味で変わっていない。
アメリカの矛盾を鋭く指摘し、それをおもしろおかしくエンタテイメント性たっぷりのドキュメンタリーに仕上げている。その手腕はさすがだろう。
それゆえに、映画として、純粋に楽しめるし、いろいろと考えることができるのだ。


今回のテーマは資本主義ということで、格差の問題を再確認し、富裕層が行なう不正を告発している。

格差の問題は見ていても本当にひどいと思った。
家を差し押さえられてしまう人や、労働組合がないため、企業の都合で解雇される人の姿はあまりに哀れである。ひどい話だ、とつくづく思ってしまう。
またパイロットの年俸が2万ドルというのにも軽く引いてしまった。客の命を預かる、頭のいい人たちが、僕よりも安月給で働いている事実には驚くほかない。
そこにあるのは矛盾まみれで、弱者に優しくない世界だ。

だが強者であるはずの富裕層は、自分の利益を守るのに汲々とし、そのために政府をも動かしている。
彼らの税金は優遇されるし、公的補助を受けるために、あらゆる手段をたくらむ始末。その姿は独善そのものだ。
以前3大自動車メーカーのCEOが自家用ジェットでワシントンにやってきたとき、その再建のため、飛行機を手放せるか、と聞かれて、全員無言だったことを思い出す。
厚顔無恥という言葉が適切だろう。


そういったよく知っていることや、知らないことなど、いろいろ確認できて、非常にためになるし、充分におもしろい。
映画を見ている間は、ムーアの視線に立ち、社会の不正に腹を立てることができる。
だが見終わった後には、その政治臭が強すぎるゆえの押し付けがましさが、鼻につくことは否定できない。
そういう点、良くも悪くもマイケル・ムーアらしい映画だろう。

そしてその鬱陶しさもまたマイケル・ムーアの魅力でもあるのだ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



製作者の関連作品感想
・マイケル・ムーア監督作
 「シッコ」

「風が強く吹いている」

2009-11-09 21:14:12 | 映画(か行)

2009年度作品。日本映画。
致命的な故障でエリート・ランナーへの道を諦めたハイジと、事件を起こし競技から遠ざかった天才走者カケル。ハイジはカケルこそが、密かに温めていた計画の切り札だと確信、壮大な夢への第一歩を踏み出す。それは、寛政大学陸上競技部の8人と、学生長距離会最大の華<箱根駅伝>出場を目指すことだった。
監督はこれが初監督作となる脚本家の大森寿美男。
出演は小出恵介、林遣都 ら。



話のつくりとしては、幾分粗いかな、と見ていて思った。

特に前半部などはそう感じる。
たとえばカケルが寮に入る流れもずいぶん強引だと思ったし、箱根駅伝を走るって宣言する辺りも唐突ではないだろうか。
さらに言うなら、ライバルの登場も、典型的な悪役の描き方すぎて、逆にピンと来ない。
恋愛要素だって、あれならばなくてもいいんではないか、と思う。

そういった部分は原作の方でうまくフォローしているのかもしれない。
けれど、映画はどうも展開を急ぎすぎているように見えてならなかった。


また俳優の演技も、いくらか引っかかる。
セリフのせいもあるのか、全員の演技が芝居がかって見えて、少し入り込めない。

でも俳優たちがこの映画のため、相当練習したのだろうな、というのは見ているだけでも伝わってくる。彼らの走るフォームが本当にきれいだからだ。
そういった俳優の努力が画面から伝わってくるってのはなかなか好ましい。
ちょっとした動きにリアリティがあるのは、スポーツものにとって、非常に大事な要素だと僕は思う。


そんな俳優たちの努力があるからか、後半の箱根駅伝の場面は臨場感が出ている。
彼らの走る姿はまさに一所懸命そのもので、走っている選手の思いや、応援する仲間たちの思いが画面越しから伝わってくるかのようだ。

それゆえにいくつかのシーンはかなり熱く、同時にさわやかなのである。
たとえば、一区の王子の部分や、10区のハイジのシーンは感動的だし、9区のカケルのシーンは、結果が何となく想像ついても興奮してしまう。


はっきり言って、欠点は多い映画だとは思うのだが、全体的に内容はさわやかで、映画を見終わった後の後味は良い。
まさに良質の青春映画といったところだ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



出演者の関連作品感想
・小出恵介出演作
 「キサラギ」
 「きみにしか聞こえない」
 「初恋」(2006)

「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」

2009-10-31 08:04:30 | 映画(か行)

2008年度作品。日本映画。
隠された黄金と狙われた姫を追って、壮大なアドベンチャーが幕を開ける――。
目を離すな、振り落とされるな、痛快無比の冒険活劇。
監督は「ローレライ」の樋口真嗣。
出演は松本潤、長澤まさみ ら。



金曜ロードショーで見る。

黒澤作品のリメイクということで、エンタテイメントらしい作品になっていることは確かだ。
実際、それなりにアクションはあり、盛り上がりもある。

でも基本的に、僕は楽しめなかった。
その最大の理由は全体的にプロットが安っぽいからだ。


たとえば恋愛要素。これがまたひどい。
この手の映画では王道と言えば王道だけど、主人公である松本潤演じる武蔵と、ヒロインの間に恋愛めいた感情が生まれる。
だけどそれはかなりとってつけた感があって、正直見ていてついていけない。
「だったら逃げよう、俺と一緒に」と武蔵が女に向かって言うが、そのセリフがかなり寒い。
そんな風に言う流れが理解できないし、男が女を救おうと行動する展開も、無理がある、と僕は思った。

そう感じたのは、単純に恋に至る流れの描写が足りないからだろう。
そのため、結局、物語の流れの都合で、彼らは恋に落ちるんでしょ、ってのが見え見えになってしまい引いてしまうのだ。

そのほかでも、本作ではつくりが安っぽい部分が多く見られ、あまり楽しむことができない。
姫が民のことを思うシーンもいまいちだし、城が爆発するラストシーンもいかにもお粗末。
比較するのはかわいそうだが、リメイク版はオリジナル作品の良さを殺しまくっているように見えた。


それでも伏線などが張られ、プロットにまとまりがあるので、すぐさまチャンネルを変えようとまでは思わなかった。
オリジナル作品に比べて、雪姫がマシになっているのも好印象である(もっとも黒澤作品の雪姫はひどすぎたというのが大きいかもしれないけれど)。
時間潰しにはちょうどいい作品といったところだろうか。

評価:★★(満点は★★★★★)

「空気人形」

2009-10-12 21:13:31 | 映画(か行)

2009年度作品。日本映画。
古びたアパートで持ち主である秀雄と暮らす空気人形は、空っぽな、誰かの「代用品」。雨上がりのある朝、身支度をする秀雄の傍らで、人形は一度だけ瞬きをした。秀雄が出かけると空気人形はゆっくりと立ち上がる。そして空気人形は心を持つこととなる。
監督は「誰も知らない」の是枝裕和。
出演はペ・ドゥナ、ARATA ら。



本作はビニル製のダッチワイフが心を持つという話である。
そのため見る前からある程度は予想していたことだけど、非常につっこみどころが多い。
どこがどうつっこみたくなるかは、見ればわかるし、不毛なのでいちいち上げない。
ただ、いやいやそれはおかしいよと思うところがいくつもあって、見ていていくらか引いてしまう面も多かった。

それでもそれらは、これっぽちも映画のマイナス印象にはなっていない。
それは単純に、物語のつくりがしっかりしているからだろう。


主人公の空気人形は、突然心を持つことになる。
そのためか、彼女は日常を暮らしていくには、ずいぶんぎこちない。
歩き方からしてすでにたどたどしいし、人との関わりにおいても、世間のことを何も知らないということもあり、常識から少しはずれた行動も取る。
そのため、見ててくすりと笑えるところがあって、なかなかおもしろい。

そういう空気人形を演じるにあたり、ペ・ドゥナがいい味を出している。
実際に日本語が片言しか話せないからか、彼女の言動には人形らしさが出ていたと思う。


そんな空気人形を通して、監督は人間の孤独を描きたかったようだ。
だが個人的に、それは必ずしも上手くいっているように見えなかった。

たとえば富司純子や余貴美子、星野真理のキャラクターはただの捨てエピソードでしかない。
意図はわかるけれど、本筋と上手くリンクできているとは言えず、登場させる必要はなかったんじゃないのなんて思ってしまう。

しかし本筋のARATAや板尾とのエピソード自体は結構良かった。

特にARATAと空気人形の関係はよい。個人的にはラストの空気を入れるシーンが好きだ。
その行為はずいぶんとエロティックなものである。だがその行為は青年の深い孤独を象徴しているようでもあり、非常に印象的だ。
そんな彼の行為に対して、空気人形が取った行動が、無知とは言え、あまりに悲しいものだ。
しかしそこに悪意がないだけに、見ていてじーんと胸に響いてならない。

もちろん板尾も存在感を出している。板尾はこういうスケベで、ちょっと気持ち悪い役をやらせたら、一級品だ。
空気人形は多分、必ずしも彼のことを好きではないのだろう、と思う。
それはレンタルビデオ屋の店員のことがあるからかもしれないが、板尾のキャラを見ていると、板尾演じるファミレス店員がちょっと気持ち悪いからってのもあるのかもしれないな、と思えてならなかった。


いろいろ書いたが、総じて見れば、ちょっとしたおかしみがあり、ちょっとした悲しみがありで、胸に響く一品になりえていると僕は思う。
是枝作品というカテゴリで見たら、低い評価の作品にはなるが、それでもこれはこれで味のある作品だと、僕は思う次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)



制作者・出演者の関連作品感想
・是枝裕和監督作
 「歩いても 歩いても」
 「花よりもなほ」
・ペ・ドゥナ出演作
 「グエムル ―漢江の怪物―」
・板尾創路出演作
 「空中庭園」
 「大日本人」


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「県庁の星」

2009-07-11 08:02:07 | 映画(か行)

2005年度作品。日本映画。
K県庁のエリート公務員野村は、推進するプロジェクトのため、県と民間の交流事業に参加。満天堂というスーパーに派遣されることとなる。パート従業員の二宮が彼の教育係になるが…
監督は「容疑者Xの献身」の西谷弘。
出演は織田裕二、柴咲コウ ら。



県庁のエリート公務員が、民間のデパートに出向となる。エリート意識丸出しの彼は、デパートの人間と反りが合わない。
そういう感じのストーリーを聞けば、何となくの物語の方向性は見えてくるというものだ。
エリート公務員は、自分の行動を反省し、デパートの人と一丸になって、デパートの危機を乗り越える。そしてヒロインとちょっといい雰囲気になる。
そういう感じだろうと思っていたが、本当にその通りに展開する。細かな部分こそ外れたものの、大ざっぱなラインは、予想を大きく裏切らない。

そういう意味、実にベタだが、安心して見ることのできる作品ではあるだろう。
構成もしっかりしていることもあり、僕はむちゃくちゃつまらないとは思わなかった。
しかし大きく予想を裏切らないので、あまりおもしろいと感じなかったことも事実だ。

それではストーリー以外で、ほかにいい面はあるか、と聞かれたら、特にそういうところもない。
あの俳優が際立って良かったとか、映像が美しかった、音楽が良かったとか、そういう風に感じさせるものを見つけることができなかった。
誉めるべき点もないが、極端にけなす点も見当たらない。

凡庸な展開を、凡庸なテンポのまま、凡庸に描き、凡庸に終わっていく。本作はそういう作品だ。
よほどヒマでない限り、特別見る必要はない、それが僕の率直な結論である。

評価:★★(満点は★★★★★)


製作者・出演者の関連作品感想
・西谷弘監督作
 「容疑者Xの献身」
・織田裕二出演作
 「椿三十郎」(2007)
・柴咲コウ出演作
 「嫌われ松子の一生」
 「どろろ」
 「日本沈没」
 「容疑者Xの献身」

「消されたヘッドライン」

2009-06-01 20:32:29 | 映画(か行)

2009年度作品。アメリカ=イギリス映画。
ワシントンD.C.の地下鉄ホームでひとりの女性が謎の死を遂げた。国会議員の愛人でもある彼女の死は自殺とみなされ、マスコミは一斉にスキャンダルを報じた。ところが地元新聞紙の記者カルは、前夜に発生した黒人少年の射殺事件が密かに繋がっていることを発見する。やがてカルはアメリカの知られざる利権に巣食う民間企業と国家権力の癒着の構図に触れることとなる。
監督は「ラスト・キング・オブ・スコットランド」のケヴィン・マクドナルド。
出演はラッセル・クロウ、ベン・アフレック ら。


この映画は地味である。
その理由はいくつかあるけれど、一つは物語の構造のわりに、人間関係の幅が小さく、どこかご都合主義的な点が原因かもしれない。あるいはテーマの描き方が中途半端なこともあるだろう。

だがそんな風にケチをつけつつも、僕は基本的にこの作品が好きなのである。
それは本作がサスペンス性に富んだ、骨太な作品に仕上がっているからだ。

実際、物語はスリリング。事実が少しずつ明らかになっていく展開はドキドキしたし、極端な意外性はないもののストーリーの進め方も手際が良い。

それに真実を暴くため、ひたすら突き進んで行く新聞記者の描写もなかなか心に残る。
彼の行動により、彼自身の人間関係は悪化するし、周囲もずいぶん迷惑を蒙ることとなる。だが、その行動からは人間の業のようなものが感じられて、印象的だ。
経営と真実の暴露との間で揺れる編集長の姿も含め、監督がキャラクターと真摯に向き合っているのが伝わってくる。

いくつかの点で難はあるし、内容的に見ても、恐らく世間受けはしないだろう。
だがなかなかの佳品だと、僕個人は思う次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


制作者・出演者の関連作品感想
・ケヴィン・マクドナルド監督作
 「ラストキング・オブ・スコットランド」
・ラッセル・クロウ出演作
 「アメリカン・ギャングスター」
 「ワールド・オブ・ライズ」
・ヘレン・ミレン出演作
 「クィーン」

「子供の情景」

2009-05-10 19:18:30 | 映画(か行)

2007年度作品。イラン=フランス映画。
破壊された仏像がいまも瓦礫となって残るバーミヤン。学校に行きたい6歳の少女バクタイはノートを買うお金を得るため、街に出て卵を売ろうとする。四苦八苦の末、何とかノートを手に入れるが、バクタイは学校に向かう途中で、少年達に取り囲まれてしまう。少年たちはタリバンを真似た”戦争ごっこ”でバクタイを怖がらせるのだった。
監督はハナ・マフマルバフ。
出演はニクバクト・ノルーズ。アッバス・アリジョメ ら。


「子供の情景」というタイトルが示すように、ここには子供のかわいらしい姿が映し出されている。
たとえば少女がノートを買うまでの冒険が描かれる、映画の前半などは子どもの愛らしさがよく出ているのではないか。子どもらしくときどき無茶な行動をとる少女の姿はいじましく撮られている。
ちょっとあざといんじゃないの、とひねたことを感じる部分もあるけれど、そんな少女の姿の描写は丁寧だ。

だがアフガニスタンにおける子供の情景は、いじましいね、かわいらしいね、で片付けられるようなものではない。
この映画からは、アフガニスタンでのいくつかの問題点が浮かび上がってきている。

その一つが貧困だろう。実際、この映画は冒頭から、貧困の問題が透けて見える。
少女はノートも満足に買ってもらえず、学校にもなかなか行かせてもらえない。少女の家ほど貧しくもなく、子どもに教育を受けさせる余裕がある家でも、日本人から見れば、まだまだ貧しいレベルだ。
それもこれも、戦争からの復興がいまだ満足に終わっていないことが原因なのだろう。

そしてそんな戦争は、人の心を荒んだものにしてしまっているように見える。
その象徴こそ、少年たちが行なう、タリバンごっこだ。

僕はアフガンのことはよく知らないので、アフガン住民のタリバンに対する思いを知らない。この映画が、どの程度の真実を描いているか、アフガンの空気くらいはつかんでいるのかもわからない。
だが映画内で描かれたこのタリバンごっこは醜悪だ。
映画の中で少年たちは、少女が大事にしているノートを平気で破るし、深く考えず恣意的な正義を振りかざす。
それはただの遊びでしかないけれど、人の心を負の方向に追いつめる、性質の悪い遊びだと思う。

このごっこ遊びが実在するかはともかく、彼らの遊びは、タリバンがそのようなことを実際に行なっていたことを指し示しているのだろう。そしてその事実は少なからず、後世を担う子供たちにも影響を及ぼしているように見える。
そしてラストが暗示するように、タリバン支配下のような暴力的な世界から自由になる方法が、死しかないのだとしたら、それはあまりに悲惨なことだ。

アフガニスタンにおける子供の情景は、かわいらしいね、で済むものではない。
そして子供の情景の先にある、子供の未来は、あまりに不明確で、どこかペシミスティックだ。
そんな世界を見せられて、僕はいろいろなことを考えずにはいられなかった。

映画として見たら、ちょっとどうよ、と言いたくなる面も多いのだが、上に述べたような子どもの描写や、主題などに見るべき点があると思った次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

「グラン・トリノ」

2009-04-27 21:27:32 | 映画(か行)

2008年度作品。アメリカ映画。
ウォルト・コワルスキーには、自分だけの正義があった。それに外れるものは、何もかも許せない頑固で偏狭な男だ。そんな彼の唯一の楽しみは愛車グラン・トリノを眺めることだった。その宝物を盗もうとする少年が現われる。隣に住むモン族のタオだ。タオは従兄のスパイダーに車を盗めと命令されたのだ。タオはウォルトにライフルを向けられ、逃げ出す。後日ウォルトはタオにヤキを入れにきたスパイダーたちにもライフルを突きつける。それがタオを不良たちから救う結果になる。
監督はクリント・イーストウッド
出演はクリント・イーストウッド、ビー・バン ら。


主人公のウォルトは本当にガンコなじじいだ。
自分の息子たちには悪態をつくし、人と頻繁に衝突し、他人の言うことには耳を貸さない。加えていくらかレイシストの気味があり、差別的な態度を取ることもある。息子たちの件に関しては後々、その理由が示されるのだけど、それでも基本的にはつきあいにくい古いタイプの人だな、という印象は強く残る。まあ、本作ではそれがいい味を出しているのだけど。
そんなガンコっぷりを、冒頭から主人公の行動描写を通じて、丹念に見せていっている。そこに適度なユーモアを交える様などは堂に入っており、見事な限りだ。

そんなウォルトの心に、大きな位置を占めていくのが、となりに越してきたモン族の姉弟である。
その二人が非常に魅力的に描かれていて印象的だ。勝気なところがあり、人との距離をすっと縮めるのが上手な姉のスーも、聡明だが弱気なところもある(しかし少しずつ意思的になっていく)弟のタオも、どちらも感じのいい人物である。
そのためそんな若い彼らが、老人の心をほぐしていく過程には非常に説得力があって、見ていても心地よく感じられる。
それもすべて老人と二人の姉弟の描き方が、老人のガンコな描写と同様に丁寧だからだろう。見せ方も演出も、本当にここまでいくと、名人芸の域だと強く思わされる。

さてこの映画のメインテーマだが、二つあると個人的には受け取った。
一つは老いた者が、若い者たちに何を残すことができるかという問いである。
その答えはシンプルで、道を示すという一点に尽きるだろう。

弱気な青年タオと真正面から向き合うことで、ウォルトは結果的に若者に多くのことを教えていくことになる。
偏屈者のウォルトがそんな心境になったのは、タオの人間性もあるが、多分自分の息子とちゃんと向き合えていなかったという悔いもあるのだろう。
だが原因は何であれ、それがタオにとって大きな財産になっていることはまちがない。ちゃんと自分の生き方を見せれば、それは相手に伝わるということなのだ。その辺りの描写はすばらしい。

そして二つ目のメインテーマは、報復の連鎖をいかに断ち切るかという点にあると僕は思った。
実際、映画はラストに近づくにつれ、タオと、彼の従兄の間で決定的に憎み合うような状況が生まれることとなる(そこに至る過程の描写はちょっと大ざっぱだけど)。
正直その場面をどう乗り切るのだろう、とやきもきしながら見ていたが、そこはリベラルなイーストウッド。説得力のある答えを示してくれた。

とは言え、映画で示されたその方法自体は極論である。
だけど、それはいかにもウォルトらしい行動だなと思わせるものがあるし、となりの家族を思っているんだな、ということが伝わってくる。そして老人なりの美学に満ちた、人生からの退場方法とも見えて興味深いものがあった。
そして報復の連鎖には原則論を通して対抗しろと、イーストウッドなりに言っているように感じられ、胸に響いた。

本作はプロットだけを抜き出せば、小粒な作品だ。
だがそんな小品でも、改めてクリント・イーストウッドという監督のすごさを思い知らされた感じである。監督の年齢は80近いけど、まだまだいまなお健在であることを示している。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


制作者・出演者の関連作品感想
・クリント・イーストウッド監督作
 「硫黄島からの手紙」
 「父親たちの星条旗」
 「スペース・カウボーイ」
 「チェンジリング」

「グッドフェローズ」

2009-04-12 18:59:04 | 映画(か行)

1990年度作品。アメリカ映画。
ヘンリー・ヒル、1943年ブルックリン生まれ。大物ギャング、ポーリーのアジトで育った彼は、物心ついた頃からマフィアに憧れていた。やがて念願の"グッドフェローズ"の仲間となり、"強奪"専門のジミー、野心旺盛なチンピラ、トミーと共に犯罪に犯罪を重ねていく。が、麻薬に手を出したことから育ての親、ポーリーに見放され、さらにジミーたちが起こした600万ドル強奪事件を追うCIAの捜査の手もヘンリーに迫る!
監督はマーティン・スコセッシ。
出演はレイ・リオッタ。ロバート・デ・ニーロ ら。


ギャング映画ということもあってか、実に血生臭い陰惨な世界を描いている。

特にジョー・ペシ演じるトミーの狂犬っぷりが最高にイカれていて、おもしろい。ちょっとした口論で、すぐに相手を殺そうとする、その短気な姿はインパクト大だ。
個人的には、半殺しにした男をトランクに載せながら、母親と和気藹々食事を楽しむシーンが印象的だ。そこには日常と非日常が同居しており、異常性すら感じられるのが、何よりもいい。

そのほかにも、強奪事件で警察から身を守るため、仲間を次々と口封じのため殺害していくジミーの行動にも寒気を覚える。
それらの部分には、さすがギャングの世界だな、と感じさせるものが多い。
それは一般人の感覚からすれば、狂っているとしか言えないものばかりで、その恐ろしい世界の描写は圧倒的だ。
プロットはさしておもしろくもないのだけど、この雰囲気をつくり上げているだけでもすばらしい、と思う。

展開で言うなら、個人的にはラストが一番気に入っている。
特に、もうこれで美味い飯は食えない、っていう感じのセリフを語るシーンなんかは、最高だ。仲間売っておいて、言う言葉がそれかよって、ツッコみたくなるところが特にいい。
もうこいつらは本当に救いようがない、とそういう場面を見ていると、つくづくと思ってしまう。

そんな救いようのない異常な世界ゆえに、入りきれない部分は多いけれど、映画としてのインパクトだけはまちがいなく一級品である。
好みは分かれそうだが、良質な作品であると僕は思う次第だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


制作者・出演者の関連作品感想
・マーティン・スコセッシ監督作
 「ディパーテッド」
・レイ・リオッタ出演作
 「スモーキン・エース / 暗殺者がいっぱい」
・ロバート・デ・ニーロ出演作
 「グッド・シェパード」

「宮廷画家ゴヤは見た」

2008-10-10 20:45:17 | 映画(か行)

2006年度作品。アメリカ=スペイン映画。
18世紀末のスペイン。ゴヤは宮廷画家という名誉の絶頂にいながら、権力を批判する絵画も描いていた。彼にとって絵筆は、人間の本質を見つめる目であり、悪を暴く武器なのだ。ある日突然、天使のような少女イネスが、威厳に満ちた神父ロレンソが指揮する異端審問所に囚われる。彼女を救おうとしたゴヤがみた真実とは――?
監督は「アマデウス」のミロス・フォアマン
出演は「海を飛ぶ夢」のハビエル・バルデム。「スター・ウォーズ」シリーズのナタリー・ポートマン ら。


ゴヤが生きた時代を描いた大河ドラマだけあり、その風俗描写が印象的だ。昔ながらの手法を使ったエッチングのシーンといい、絵を描くゴヤの姿や、手を描くと値段が上がるというエピソードとといい、歴史好きにはたまらない細部設定が印象深い。

またところどころ挿入されるゴヤの絵も時代の空気を浮かび上がらせている。
浅学なもので、ゴヤと言えば二つの「マハ」以外知らなかったが、こんなにダークでグロテスクな作品を描いていたのかと驚くばかりだ。

物語も大河ドラマらしく、うねりがあって単純におもしろい。特に神父の運命の変転や思考の変遷、牢獄に捕らわれた少女の苛酷な運命などは時間の流れが15年以上に及ぶため、厚みが感じられる。
少女演じるナタリー・ポートマンもすばらしく、牢獄で長く過ごしたために表情までゆがんでしまった姿を見たときにはぞわりとするものがあった。
見ごたえという点では充分だろう。

ただ惜しむらくは、いろんなことを多く盛り込みすぎて、ドラマの焦点がぼやけてしまったことだろう。
大体ゴヤは狂言回しの役割で登場しているが、必ずしもそれが生かされているとはいえない。
また少女の運命、神父の運命、蹂躙されるスペインなど描かれるエピソードが分散されており、そのため最後の信念に従った神父や、母子のすれ違い、神父に対する女の恋愛感情などに対してのインパクトが薄れてしまったきらいがある。

おもしろいと思うし、個人的には好きな作品だ。しかし、幾分惜しい仕上がりになってしまったのが残念である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


制作者・出演者の関連作品感想
・ハビエル・バルデム出演作
 「ノーカントリー」
・ナタリー・ポートマン出演作
 「Vフォー・ヴェンデッタ」
 「マイ・ブルーベリー・ナイツ」
・ステラン・スカルスガルド出演作
 「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」

「この自由な世界で」

2008-09-27 08:35:51 | 映画(か行)

2007年度作品。イギリス=ドイツ=イタリア=スペイン映画。
息子を両親に預けて働くシングルマザーのアンジーは思い切って自分で職業紹介所を始める。外国人の労働者を企業に紹介する仕事だ。必死にビジネスを軌道にのせるアンジーだが、ある日、不法移民を働かせる方が儲けになることを知る。もっとお金があれば息子と暮らせる、もっと幸せになれる。彼女は越えてはいけない一線を越えてしまう。そして事件が起こった……
監督は「麦の穂をゆらす風」のケン・ローチ。
出演はキルストン・ウェアリング。ジュリエット・エリス ら。


途上国の人間が先進国に出稼ぎに出て、食い物にされる、という構図はいまに始まったことではない。だがそれはグローバル化が進み、新自由主義経済が浸透したことでより加速されているのかもしれない。
本映画で描かれているのは、現代も続いているそんな搾取(という言葉を使うと時代がかって嫌だが)の構図だ。

主人公である人材斡旋業を営む女社長は法を欺き、労働者の金をピンはねして理由をつけては金をもうけようとしている。時には自分のところに外国人労働者を雇い入れるため、ほかの外国人労働者を入国管理局に訴えて追放することも辞さないエゴを持ち合わせている。
彼女の行動はあまりにえげつなく、眉をひそめることもしばしばだ。

だがそんな彼女も同時に、搾取される側に組み込まれているという点がこの構図の複雑なところだ。
彼女が人材斡旋業を始めたのも、親会社からいきなり首を切られたからだし、彼女自身シングルマザーという社会的には弱い立場にも置かれている。生き抜くため必死にならざるをえない。

だがもちろんそれをもって、誰もが悪くないのね、という一言で片付けるわけにもいかないのだろう。
実際、彼女が他者を顧みようとしない姿勢は彼女自身の性格に帰すべき点もなくはない。
他人の忠告を聞こうとしないし、彼女自身、誰がどう見ても無謀であるのに、法を犯そうと無茶な行動を取ろうとする。彼女自体、学があるのかもしれないが、明らかに思慮は足りないだろう。

そんな彼女はある意味では新自由主義社会の体現者とも言えなくはない。
自由を取り違え、チャンスを不法入国者に与えているのだ、と傲慢にも開き直り、快楽を追求する。まるでどこぞの国のようだ。

ラストでしっぺ返しを食らいながら、それでも彼女が不正な人材斡旋業を続けるであろうことが示唆されていて非常に興味深い。
再び彼女がちがうしっぺ返しを食うことは想像がつくのだが、そのアイロニカルな視線と、それ以外の方法が思いつかないであろう彼女の姿が何とも言えない余韻を残していると思う。
地味な作品だが、ケン・ローチらしさの出ている優れた作品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


制作者・出演者の関連作品感想
・ケン・ローチ監督作
 「麦の穂をゆらす風」

「ぐるりのこと。」

2008-08-17 15:19:50 | 映画(か行)

2008年度作品。日本映画。
「お、動いた!」小さくふくらんだお腹に手を当て、翔子は夫のカナオとともに、子を身籠った幸せを噛みしめていた。しかし、そんなどこにでもいるふたりを突如として襲う悲劇──初めての子供の死をきっかけに、翔子は精神の均衡を少しずつ崩していく。うつになっていく翔子と、彼女を全身で受け止めようとするカナオ。困難に直面しながら、一つずつ一緒に乗り越えていくふたりの10年にわたる軌跡を、どこまでもやさしく、ときに笑いをまじえながら感動的に描きだす。
監督は「ハッシュ!」の橋口亮輔
出演は『大奥』の木村多江。リリー・フランキー ら。


この映画に出てくる夫婦は非常に存在感がある。
ちゃらぽらんで幾分だらしなく、飄々とした夫と、きまじめでしっかり者の妻との雰囲気が実に良い。
特に冒頭の夫婦ゲンカなど笑ってしまうくらいにおもしろい。夫の帰りが遅いとか、今日はする日だ、という会話の端々からそれぞれのキャラクターがしっかり伝わってくる。
それにその会話は生々しいくらいにリアリスティックだ。いや結婚していないから、夫婦の会話など知らないけど、そう感じられる手応えがある。これも木村多江とリリー・フランキーの熱演によるものだろう。

そんな夫婦の周りには絶望に似た空気が漂っている。
法廷画家の夫は犯罪事件の裁判に立会い、心を痛めているし、きっちりしすぎて融通の利かない妻は心のバランスを崩していく。
二人を包む空気はただただ重く、あまりに手応えがありすぎて、僕の心を侵食しそうになるほどの力があった。

だが、そのような真に迫るほどの重い空気があるからこそ、妻が泣き崩れるシーンが心を打つ。自分の苦悩を精一杯吐き出す妻と、それをそっと支える夫の姿は本当に麗しい。
夫は法廷での人間の観察力からして、優しい心根を持った人なのだろう。それだけに妻を支えるシーンにはある種の慈愛が漂っていたように思う。

そしてそこから夫婦が再生に至る流れは感動的である。特に妻が花の絵を描くシーンは瑞々しい印象がある。前半僕の心にまで沁みこんできた負の印象も、そのシーンを見て、一点明るい感情へと向かうことができた。

とにかく観客の心に訴えかけてくる力はすばらしい。それを成し得た監督と出演者の力にひたすら脱帽するばかりだ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


出演者の関連作品感想
・リリー・フランキー執筆作
 『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』