ただ生きるのではなく、よく生きる

自然の法則をとらえ、善(よ)く生きるために役に立つ情報を探して考えてみる

法則には秩序がある。法則を発見し、理解し、活用することができる

2017-07-09 17:50:59 | 知恵の情報
法則はどこでも共通しているものであり、永遠のものです。もっとも、まだ、明らかに
なっていない事実がたくさんありますが、「原因と結果の法則」も、いずれは広く
知られるようになるでしょう。新しい発見、新しい真理が知られるにつれて、
「法則というものは美しく、安定しており、最高に優れているのだ」ということを
身近に感じることができるようになるでしょう。

そして、「法則というものは破ることができない。自然界の隅から隅まで行き
渡っている」ということを知るのは、非常にうれしいものです。宇宙の中である
特定の法則はいつも同じように働くので、私たちは法則を発見し、理解し、
活用することができます。だからこそ、法則は確実なものなのです。また、
そこから大きな希望と喜びがうまれます。

しかし、奇跡という考え方は、法則を否定するものです。なぜなら、奇跡とは、
法則に従わず、気まぐれに起こるもののことを指しているからです。

─『「意志」と「人生」の法則』ジェームス・アレン KKベストセラーズ刊

■人間が「自然の法則」を見習った調和の形とはどういうものでしょうか?

  それは、互いに迷惑を掛けない、個人の自由と人格を尊重する。
  感謝を忘れず、必要であれば悪びれずに謝罪をする。つねに誠意と
  義務と責任感を持って対し、互いの和を図る。必要があれば進んで
  助け合う。そしてお互いの望むところ、喜ぶところのものを賢明に
  判断して与え、為す。それが人間としての宇宙や自然にならった
  調和の形であり、愛という捉えがたい言葉であり、観念を正しく
  表現した形なのです。

  このように、人間愛と調和と平和は互いに関連し合っています。
  そして寛容は慈悲の心と切り離すことの出来ないものです。

■■アレンは、奇跡を法則を否定するものと考えているが私は
 ちがっている。それは、人間が自然の法則に従って生きなければ
 ならない、ということだけでは、万物の霊長として最高に発達した頭脳を
 与えられている意味がなくなる。
 私たちは、いくら悲観的になっても、楽天的になっても、また、絶望的
 になっても、動物のように一日をほとんど考えずに過ごすことはできない。
 科学優先の時代だとはいっても、人間は考えることや感じることを
 無視して生活することはできません。それが文学となり、芸術となり、
 宗教となり、神を求める心となるのです。そこには、奇跡をとらえる
 心がある・・・

─『天国の扉』千乃裕子編著 エル・ラファル・ライエル言 たま出版参照



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