思いつくまま

思いついたことを書いています。

サッカーJリーグ、名古屋グランパス悲願の初優勝、おめでとう!

2010年11月20日 16時00分00秒 | サッカー
名古屋グランパス Jリーグ初優勝おめでとう。

1993年5月にJリーグが開幕して、創設時の鹿島アントラーズ、浦和レッズ、ジェフ市原、ヴェルディ川崎、横浜マリノス、横浜フリューゲルス、清水エスパルス、名古屋グランパス、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島の10チームの中で、現在J1にいるチームでステージ優勝も含めて優勝していなかったのが名古屋グランパス。
18年前の開幕戦では、カシマスタジアムで鹿島アントラーズと戦い、ジーコにハットトリック&アルシンドに2得点されて0対5の大敗。 カシマスタジアムでは、15年間Jリーグ16戦16敗、ナビスコカップ5戦5敗、天皇杯1戦1敗、合計22戦22敗、ペプシカップでも1戦1敗だった。
http://blog.goo.ne.jp/ms1229jp/e/abc2bf9a7da4ca3bb3177a3e327c3800
グランパスにはあのイングランド代表だったリネカーがいたのになんでそうなるのって思う間もなく、浦和レッズと最下位争いを演じ、いつしかJリーグのお荷物となっていた。
その後、現アーセナル監督のアーセン・ヴェンゲルさんが監督になって、ピクシー・ストイコビッチが加入してから急激に強くなったが優勝はできず、それでも1996年&2000年に天皇杯は優勝できた。
http://jp-arsenal.com/news/2076.html
ヴェンゲルさんが去ってからは、前ポルトガル代表監督のカルロスQェイロスなど、何人かの監督が結果が出せずに1~2年で辞めていった。
その間には、望月・平野・大岩がフロントとの確執から首を切られたり、とにかく迷走に次ぐ迷走、グランパス・エイトという名前のせいで位前後が多かったから、名前からエイトも外したがそれでも低迷。

しかし、3年前にピクシーが監督に就任してからは、ネバーギブアップの精神で、確実に強くなってきた。
昨年はACLにも出場した。
1999年に楢崎、2005年に増川、2006年に玉ちゃん、2007年はマギヌン、昨年はケネディ・ブルザノビッチ・田中ハユマ・三都主、今年はトゥーリオ・金崎ム~・ダニルソン・千代反田を補強した。もちろん生え抜きの中村・アベショー、小川・スギーニョ・吉村・竹内・巻も頑張った。
そういうことが功を奏して、強くなった結果の初優勝。
今シーズンのグランパス、決して大勝で勝ってきたわけではなくて、試合終了直前のギリギリのところで決勝ゴールを上げたり、1点差を守りきったりして、何とか勝ってきた。それと1度も連敗しなかったことも大きかった。

8月14日に浦和レッズに勝って首位に立った。
そして、2010年11月20日、アウェイ平塚でのJ2降格決定の湘南ベルマーレ戦、何も失うものがないベルマーレに押し込まれたが、前半に守護神・楢崎がファインセーブを2つ、後半途中出場のスギーニョがアベショーのロングフィードに追いついて右からセンタリング、中に走り込んできた玉ちゃんが見事なヘディングシュート、ゴーーーーール
玉ちゃんのシーズン自己最多の12点目のゴール、これが決勝点となりグランパスが勝った。
2位につけている鹿島が引き分けていたので、優勝決定。
鹿島の4連覇を阻止した。
長いあいだ~待たせてゴメン by マギヌン

あらためて、名古屋グランパス&選手・スタッフ、初優勝おめでとう。     
グランパスをここまで強くして優勝に導いてくれたピクシー監督、ありがとう。
いっしょに応援していただいたグラサポの皆さんもオメデトウ、お疲れ様でした。

グランパスは23勝(3分8敗)の年間最多勝利・年間最多勝ち点72
得点王は、17得点のケネディ(初)&ジュビロ・前田(2年連続)
2位ガンバ大阪、3位セレッソ大阪がグランパスと共にACL出場権獲得
前年度ナビスコカップ優勝チームのFC東京、それに京都、湘南ベルマーレがJ2落ち

1993 9位
1994 10位
1995 3位 天皇杯優勝   ピクシーがJリーグMVP
1996 2位
1997 9位
1998 5位
1999 4位 天皇杯優勝
2000 9位
2001 5位
2002 6位
2003 7位
2004 7位
2005 14位
2006 7位
2007 11位
2008 3位
2009 9位 天皇杯準優勝
2010 優勝  楢崎がMVP



追伸:マギヌン&杉本恵太が契約満了で退団。もう、スギーニョ!って言えないのかよぉ。 

コメント (7)
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岩中祥史著『名古屋の品格』(学研新書)を読む。

2010年11月20日 01時01分01秒 | 読書
おもしろそうだったので読んでみたが、2008年9月に出た本で、まだリーマンショック→トヨタショック以前のまだ名古屋が日本で一番元気がいいって言われていた頃の内容だったので、ものすごく違和感・お気楽感があった。 
大都市だが大いなる田舎の「名古屋」、いつまでたっても大都会にはなれないらしい。
タモリが言うまでもなく、昔から言われていたことだ。
のぞみの名古屋とばし、すがきや、地下街、フィギュアスケート、名古屋城ならぬ名古屋嬢、純金(金城学院に中学・高校・大学と通しで通った人)・18金・金メッキ、名古屋走り、基幹バスのバスレーン、ひつまぶし、いらんものはコメ兵に売ろう、お値打ち、結婚式が派手、などなどどれも名古屋を表現する言葉だ。
トヨタがコケてすべてが崩れてしまった。
この本に書かれていることは全くアホくさって感じ、いかにも名古屋のことをよく知っているというような感じで書かれているが、名古屋にはご当地ソングがないとか(名古屋はええよ!やっとかめ)、名古屋人は横並びが好きとか、住人のほとんどがツレだとか、うっかり車両の真ん中に入ると降りられないとか、文化への出費が少ないとか、著者の個人の主観が相当入っていて、名古屋でにゃぁじゃんだらりんの三河もなぜか一緒くたにされていて、うさん臭いばかりだった。
名古屋市民が選んだ河村市長と市議会の対立、品格なんかあるのか、たわけー、あらせんがね。

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茂木健一郎著『ひらめきの導火線 トヨタとノーベル賞』(PHP新書)を読む。

2010年11月11日 22時10分10秒 | 読書
日本人はモノマネは上手いが創造性が乏しいなどとよく言われるが、それは悪しき物語・フィクションで、実はそうではないんだ!ということが書かれていた。

・欧米人は「これは自分のオリジナルだ」と主張するのに対して、日本人は「~のおかげです」と謙遜を示す。
欧米では、1人の天才が突然ひらめいて、ゼロから画期的な発明や発見を生み出すとされている。そしてこれがノーベル賞。
・トヨタでは提案制度では、社員の1人ひとりが仕事上の問題点を探し、解決策を考え、うまく改善されれば提案書にまとめて提出する。この小さな改善の積み重ねが大きな成果となっていく。
人の歩よりも、人が歩ずつ、「ひらめき民主主義」
・つらいとか、やりにくいとか感じたら、慣れるまで我慢するのではなく、どうしたら楽になれるか考えろ、「やりにくさ」は改善のチャンス
・「視える化」、1人で悩まずにみんなで情報やアイデアを共有・オープンにして解決策を考える、今日のようなインターネット社会では特に有効
・ひらめいたことは書き留める。
・ホンダの「ワイガヤ」、役職や年齢や性別を超えて気軽にわいわいがやがや話し合うことも有効
・「勝ち組」・「負け組」のウソ、何を持って勝ったと言うのか?じゃんけん型相互作用、じゃんけんは3すくみだが、例えばグーがパーやチョキに強かったらグーしか残らない、でもそれでは片寄ってしまう、多様性は重要、仲間意識が多様性を保障する。
・「トヨタ語」が存在する。自分達のふつうが他の人にとってはふつうではない。
・トヨタも工場は、今は3Kとはほど遠い、例えば音楽が流れていたりして、「はてな」と変わらないような明るい職場になっている。
・日本は太平洋戦争で敗れたが、戦後不死鳥のように蘇り経済大国となった。しかし、時は流れ、現代の日本は自信を失いつつある。ジャパンバッシング(叩き)ジャパンパッシング(軽視)ジャパンナッシング(無視)へと国際社会の潮流は変化していく。一度潔くさわやかに明るく負けたほうが良い。
・最後は、日本語の世界で満足せずに世界に出よ・出せ。
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