PHP総研ブログ『番町Cafe』

HPでは公開しきれない活動をドドーンと紹介!!

人生も経営もセレンディピティ

2009-10-15 14:51:16 | 渡邊祐介
10月13日、滋賀県守山市で講演をしました。テーマは「松下幸之助に学ぶ『日に新た』の人生と経営」。依頼当初から、松下幸之助の経営でもとくにイノベーション(革新)にテーマを絞ってほしいという強い要望をいただいていました。主催は青年会議所ですが、商工会議所青年部も共同企画者として参加されており、商工会議所青年部の会長さんによると、「青年会議所と商工会議所が一致協力して活動することは意外と少ないんですよ」とのこと。皆さんの熱心さに納得したものです。
ところで、最近の講演の中で、一つ紹介しているトピックにセレンディピティ(serendipity)があります。広辞苑にもある言葉で、(偶然の幸運に出会う能力)を意味します。



1557年、イタリア人作家クリストファロ・アルメーノがペルシャ語の古いおとぎ話をもとに「セレンディップの3人の王子」を書きました。セレンディップというのはセイロン、今のスリランカことで、セイロンの3人の王子が旅に出る。その旅の途中で起きる偶然からさまざまな発見をして幸福に近づくというお話です。これを読んだイギリスの作家ホレス・ウォルポールが1754年に、こうした偶然の幸運に出会える能力をセレンディピティと名づけたのが発端のようです。
この考え方は専ら科学にまつわるエピソードでよくいわれています。最近では田中耕一さんのノーベル賞も、実験で入れるべき薬品を間違えたのがきっかけだったことは有名な話です。

しかし、歴史を調べている私には、成功する経営者の特徴もセレンディピティがあると思うことがしばしばです。講演でもそうお話しすると、頷く方が多いようです。なぜそうなるのかが講演のポイントなのですが、誰もが人生でも仕事でも困難に遭うことばかりだと感じているはず。セレンディピティの不思議をもっと究めて活かし合いたいものです。

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「教育委員会廃止、機は熟した」

2009-10-13 13:45:31 | 亀田徹
 上記タイトルの拙文が、今月発売のVoice11月号に掲載されました。

http://research.php.co.jp/voice/

 地域が主体となって教育を充実するには、教育行政の機能を教育委員会から自治体の首長に移管する必要があるとの主張です。

 教育委員会の見直しは民主党のマニフェストに掲げられており、川端文科大臣も教育委員会の見直しに取り組む考えをインタビューで述べています(10.7日経朝刊34面)。

 かつて私が教育委員会事務局で勤務していたときのことです。日常的な仕事は上司である教育長から指示を受け、教育長に報告していたにもかかわらず、予算編成のときだけは教育行政の権限を持たない知事から査定を受けることに疑問を感じました。いま何をすべきかとの判断を行うためには、教育現場の日々の実態を把握しなければ難しいと考えるからです。

 また、教育長は選挙で選ばれるものではないため、自らの責任で改革を断行できる首長とは差があります。このため教育行政は国の方針を過度に意識することになり、そのことが文科省―都道府県教委―市町村教委という上意下達の現状を崩せない要因となっています。自治体ごとの力を発揮するためには、教育行政のトップが住民に直接責任を負うことが不可欠です。

 川端大臣には、教育委員会の見直しに本気で取り組み、新たな教育システムをぜひつくっていただきたいと思います。

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新しいオフィスからの風景

2009-10-13 12:12:00 | 永久寿夫
 新しいオフィスからの風景。

イギリス大使館のユニオンジャック。その向こうに森にすっぽり包まれた皇居。そのまた向こうに丸の内の近代的なビル街と赤レンガの東京駅の正面。左のほうには首都高の代官町あたりを流れる車。夜景のまぁ綺麗なこと。春には千鳥ヶ淵の桜を見ながら・・という計画。

 皇居は実に不思議なところ。世界中あちこちのパレスを見たが、たいがいは権威の象徴という構え。皇居にはほとんど権威性が感じられず、むしろ神秘的。これを見るとハンチントンのいうとおり、日本は孤立した文明なのかなと思うが、歴史の古い京都の御所はどちらかといえば世界標準。

 窓の内側の自分のオフィスは、整理がつかぬまま。段ボール箱もまだところどころ。探し物が出てこなくて困惑。そんななかで締め切りすぎた原稿執筆。椅子に座れば引越しのせいで若干腰痛。机の上は資料が散乱。なかなかうまく書けずに頭は混乱。主が変わった霞が関もきっとそうだろうと少し同情。

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『日本の危機管理力』

2009-10-07 11:20:08 | 金子将史
 3年前に発足した「国家のリスク・マネージメント研究会」(座長:若田部昌澄早大教授)の成果物、『日本の危機管理力』(PHP研究所)が発刊されました。

http://www.php.co.jp/bookstore/detail.php?isbn=978-4-569-77382-7

 経済危機、テロ、災害、パンデミックと国家が直面する様々なリスクや危機を包括的にとりあげています。

 一流の先生方に混じって、私も一章分を書いています。
 なかなかおしゃれな装丁に仕上がっています。皆さん、手に取ってみてください!



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オリンピック招致失敗の原因

2009-10-06 14:16:56 | 坂本慎一
日本時間10月3日未明、国際オリンピック委員会総会で、2016年の夏季オリンピック大会がブラジルのリオデジャネイロで開催されると決定された。
招致活動を進めていた東京は落選が決定し、日本の夏季オリンピック招致は、名古屋、大阪に続いて3連敗となった。

今回の招致活動において、当初は「1964年の遺産を未来に引き継ぐ」というコンセプトが表明されていた。
これは「なぜ東京で2回目の開催をするのか」という疑問に答えるためには最も重要で、国内外の支持を得る上でも欠かせない理念であった。
しかし、いつの間にか私たち外野の人間には、環境重視のオリンピックという主張しか見えなくなっていて、コンセプトの「ブレ」があったように思う。
「遺産の相続」という点が強化できなかったことについて、私には思い当たるところがあった。

昨年の秋、私は日本体育協会資料室に何度かお邪魔をして、1940年に開催が予定されていた「幻の東京オリンピック」について調査した。
その時に驚いたのは、先行研究があまりにも少なかったことである。
日中戦争の開始によって返上となったこの大会について、その時点で本格的に調べていた人は、多く見積もってもおそらく5人はいなかったであろう。

1964年の東京オリンピックも、公式の「正史」はあるが、その背後には関係者の間でのみ語り継がれる「外史」があり、「正・外合わせ含めた歴史」は未だ研究が不足している。
経済思想史を専門とする私にとって、体育史は専門外であるものの、あまりにもこの分野は層が薄いと感じている。

リオの勝因は何と言っても、南米大陸初の開催という点であろう。
言いかえれば、オリンピック開催の「歴史がない」ということがプラスに評価されたのである。
日本は今後も招致活動を行うならば、開催の「歴史がある」ことをプラスに変えてゆかなければならない。
東京の落選を受けて、オリンピック開催に関する体育史研究は、もっと充実させるべきだと強く感じた次第である。

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