雑記帳

日々の徒然をとにかく書き込んでおきます

5月5日プラハ

2010-07-16 22:47:59 | 旅行
《プラハのホテル(The Iron Gate Hotel & Suites)》
このホテルについては、「値段が高い割にひどい。日本に帰ったらHISに文句を言おう」と最初は憤っていた。
ところで考えてみると、プラハのホテルについては、「できるだけ旧市街の観光スポットに近いところ」ということで選定していた。プラハの、それも旧市街に近い立地のホテルについては、値段が高い、という実情はあるようだ。また旧市街であれば、昔からある建物を利用してホテルとせざるを得ないので、大きなホテルは作れない。そうすると、今回のホテルも妥当なのかもしれない、と思い直した。
  
   中庭                  食堂

そうやって見直してみると、中庭(左上写真)はなかなか風情がある。居室から中庭を通って半地下の食堂へ行き、朝食をとる(右上写真)。この食堂も良い雰囲気ではないか。
居室はというと、次の間つきだ(左下写真)。ベッドは小さめだが、インターネットが使い放題であった。持参したノートパソコンがやっと役に立った(右下写真)。
そして何よりも良かったのは、旧市街を中心に市内観光をしていて、雨が降ってきたといってはホテルへ帰って一休みし、お腹が空いたといってはホテルへ帰っておやつを食べるという、非常に便利な生活を味わうことができたことだ。
  
   次の間                  寝室

さて本日の観光である。
まずはカレル橋をわたってプラハ城を訪問する。カレル橋については別のところで。

プラハには「王の道」と呼ばれる道がある。火薬塔から旧市街を通ってカレル橋からプラハ城に至る道であり、歴代の王が戴冠パレードを行ってきた道だ。
我々はカレル橋を渡った後、王の道よりも城側の別の道を通って坂を登った。
 
プラハ城正面

《聖ヴィート大聖堂》
プラハ城正面(上写真)から中に入ると、目の前に壮大な聖ヴィート大聖堂が現れる。正面前に広場がないので、大聖堂正面全体をカメラにおさめることができない(左下、下中央写真)。大聖堂の背面側は広場なので、全体を撮すことができる(右下写真)。外観はドイツのケルン大聖堂にとても似ている。
   
聖ヴィート大聖堂

聖ヴィート大聖堂の正面から見て右側、南側には、南塔とその下の黄金の門がある(下写真)。こちらがあたかも正面のようだ。なおかつ、黄金の門の上部は金色に輝くモザイクで飾られている。描かれているのは最後の審判の場面だそうだ。
聖ヴィート大聖堂の中には、聖ヴァーツラフ礼拝堂という特別に神聖な空間があるという。この黄金の門に連なる部分であろう。内部を見学していて、特別に大勢の人がのぞき込んでいる部屋があった。私は素通りしたのだが、おそらくそこが聖ヴァーツラフ礼拝堂だったのだろう。
  
南塔と黄金の門

《聖ヴィート大聖堂のステンドグラス》
この聖堂の3方は豪華なステンドグラスで囲まれている。
   

中でも大勢の人が集まっているステンドグラスがある。ムハ(ミュシャ)によるステンドグラスである。現物を見ているときには気付かなかったが、こうして写真で全体を眺めると、本当に変わったステンドグラスである。
 
ムハによるステンドグラス

 
内部中央            

《聖イジー教会》
聖ヴィート大聖堂の東側、広場を挟んで聖イジー教会が建っている。920年に完成した現存するもので場内最古の教会だそうだ。ただし現在の姿は火事の後1142年に再建されたものだ。それにしても古いものだが。内部は、決して大きくはないが、下の写真のように外からの光が良い具合に入ってきている。
  

《旧王宮》
旧王宮は聖ヴィート大聖堂の南側に位置する。16世紀までは歴代の王宮として使われたようだ。
下の写真はヴラディスラフホールと呼ばれ、縦62m、横16m、高さ13mの大ホールだ。天井に見える曲線は石のリブである。リブは装飾ではなく、あくまで天井を支える構造材だそうだ。このホールでは、舞踏会、戴冠式、さらには屋内乗馬競技まで行われたという。
 

昼食は、プラハ城内のカフェのようなところで食べた。ビーフシチューのようなチェコ料理である。
プラハ城は丘の上に立地しているので、東端に建つと街を見下ろすことができる。下の左の写真は東の方向を見ている。ヴルタヴァ川の下流方向が見える。右の写真は南のカレル橋方向であり、カレル橋の旧市街橋塔が中央に見える。
  
プラハ城の東端から街を眺める

プラハ城の見学は終わった。
下りについては、「王の道」をたどることにする。

《聖ミクラーシュ教会》
  
坂を下りきった右側にマラー・ストラナ広場があり、広場の向こうに聖ミクラーシュ教会が見える。左上の写真はマラー・ストラナ広場から聖ミクラーシュ教会を見たところである。外から見るとさほどではないが、内部は豪華絢爛たる教会であった(右上、下写真)。
 

さてこのあと、カレル橋を渡り、旧市街広場を突っ切り、さらにツエレトゥナー通りを経て火薬塔まで歩く。これぞ「王の道」の逆をたどる道だ。
火薬塔(左下写真)は、もともと旧市街を守っていた城壁の門の一つであった。17世紀に火薬倉庫として利用されたため、こう呼ばれるようになったという。
火薬塔の隣にあるのが市民会館だ(右下写真)。一見すると、歴史を感じさせる立派な建物だ。しかしこの建物が1911年にできたときは、賛否両論、反対の非難囂々だったようだ。古い景観をぶちこわすということらしい。
  
火薬塔              市民会館

《ミュシャ・レストラン》
夕食は、ホテルにほど近いミュシャ・レストランである。
壁にミュシャの絵が飾られ、天井の模様もミュシャっぽい。
メニューは、ポークを使ったチェコ郷土料理と、メロンの生ハム巻きである。
  
  

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