1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

10月2日・スティングの忠告

2014-10-02 | 音楽
10月2日は、「マハトマ(偉大なる魂)」ガンディーが生まれた日だが、ロックミュージシャンのスティングの誕生日でもある。

スティングこと、ゴードン・マシュー・トーマス・サムナーは、1951年、英国イングランドのウォールズエンドで生まれた。父親は機械工場に勤める工員で、ゴードンが5歳のとき、牛乳販売業の権利を買い取って独立。ゴードンも7歳ごろから牛乳配達を手伝わされるようになった。まだ人々が寝ている未明に起きだす牛乳配達は、とくに冬場はつらかったが、早朝の沈黙の景色は想像力を刺激し、すばらしい体験でもあったという。
ゴードンは大学に入り、中退。バスの車掌や建築現場の労働者、税務署の事務員など、職を転々とした後、あらためて教員養成大学に入り、卒業した。そして23歳のころ、イングランド北部のノーサンバーランドで小学校教師の英語教師になった。
教員生活のかたわら、週末にはナイトクラブのジャズバンドといっしょに演奏していた。25歳のとき、ドラマーのスチュワート・コープランドに誘われ、ロンドンに出て音楽活動に専念することを決心。ギターのヘンリー・パドゥバーニを加えて3人でポリスを結成した。やがてパドゥバーニが抜け、代わりにアンディー・サマーズが加わり、3人編制のパンクバンドとしてポリス(The Police)はライブ活動をスタートさせた。このころは貧しく、生活は苦しかった。スティングは俳優のアルバイトをして糊口をしのいだ。
スティングが27歳のとき、ポリスはファースト・アルバム「アウトランドス・ダムール」を発表。28歳のとき、ポリスはセカンドアルバム「白いレガッタ」を発表。アルバム中の曲「孤独のメッセージ(Message in a Bottle)」が世界的ヒットとなり、ポリスは一躍トップグループにのし上がった。ポリスは名盤「ゴースト・イン・ザ・マシーン」「シンクロニシティー」などを発表した後、解散。スティングは34歳でソロ活動をはじめ、いまにいたっている。

1983年、ポリスのシングル「見つめていたい(Every breath you take)」が発売されたとき、自分はニューヨークにいて、FMラジオではじめてこの曲を聴いた。ため息の出るような名曲だった。あるラジオのDJがこの曲を4回続けてかけたのを聴いたこともある。3回かけた後「いい曲だ」とため息をついて、もう1度かけたのである。その年の暮れにポリスは解散した。

自分はポリスとスティングの大ファンで、ポリスやスティングの楽曲はすべて聴いていると思う。武道館のスティングのコンサートに行ったこともある。
スティングの書く曲の歌詞は概して単純だけれど「孤独のメッセージ」はロック史上に燦然と輝く名歌詞である。彼の曲はむしろメロディーとリズムが秀逸で、それを彼があのハスキーな哀調を帯びた声で歌うとすべて名曲になってしまう。曲調がものさびしいほどひきたつ彼の歌声は、つねに孤独な魂の代弁者でありたいと言う彼の音楽性にぴったりと合っている。その歌声は、聴く者の頭のなかに忍び込み、強引に歌の世界を作り上げてしまう。一度好きになると病み付きになる魅惑の声だと思う。

スティングの息子、ジョー・サムナーもロックミュージシャンだけれど、スティングは同じ音楽業界に入った息子にこうアドバイスしたそうだ。
「スーツを着た人間を信じるな」
(2014年10月2日)
●おすすめの電子書籍!

『大人のための世界偉人物語』(金原義明)
世界の偉人たちの人生を描く伝記読み物。ガンディー、エジソン、野口英世、ヘレン・ケラー、キュリー夫人、リンカーン、オードリー・ヘップバーン、ジョン・レノンなど30人の生きざまを紹介。意外な真実、役立つ知恵が満載。人生に迷ったときの道しるべとして、人生の友人として。

●電子書籍は明鏡舎。
http://www.meikyosha.com

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 10月1日・ジュリー・アンド... | トップ | 10月3日・ルイ・アラゴンの... »

コメントを投稿

音楽」カテゴリの最新記事