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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

2月17日・莫言と『雪国』

2017-02-17 | 文学
2月17日は、島崎藤村(1872年)や、梶井基次郎(1901年)が生まれた日だが、中国の文豪、莫言(モーイエン)の誕生日でもある。2012年度のノーベル文学賞受賞者である。

莫言は、1955年、中華人民共和国の山東省高密市で生まれた。本名は管謨業(コワン・モーイエ)。ペンネームの莫言は「言うなかれ」という意味で、作家の名として、また中国という言論統制がある国にいる作家の名として、二重にしゃれている。
60年代の文化大革命のために小学校中退を余儀なくされ、21歳のころに人民解放軍に入隊。軍に在籍しながら執筆活動をはじめた。『赤い高粱(コーリャン)』『豊乳肥臀』『酒国』『白檀の刑』などの作品があり、映画化された作品も多い。
米国の作家、フォークナーが米国南部のヨクナパトーファ郡という架空の土地を舞台にしていて「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれる作品群を書いたのにならって、莫言は高密県東北郷という架空の農村地区を舞台にして、作品を積み上げてきた。

莫言は言っている。
「川端康成の小説『雪国』を読んでいて、文学に目覚めた」
川端の『雪国』のなかに、犬が温泉の湯をなめている風景を描写した一文があって、それを読んだとき、文学に目覚めた、それですぐに原稿用紙に書いたのが『白い犬とブランコ』の冒頭の一文なのだ、と。
件の箇所は、小説『雪国』の前半中の、雪国の温泉町の風景を描写したくだりである。
「雪を積らせぬためであろう、湯槽(ゆぶね)から溢れる湯を俄(にわか)づくりの溝で壁沿いにめぐらせてあるが、玄関先では浅い泉水のように拡がっていた。黒く逞しい秋田犬がそこの踏石に乗って、長いこと湯を舐めていた。物置から出して来たらしい、客用のスキイが干し並べてある、そのほのかな黴(かび)の匂いは、湯気で甘くなって、杉の枝から共同湯の屋根に落ちる雪の塊も、温かいもののように形が崩れた」(川端康成『雪国』新潮文庫)
このなかの「黒く逞しい秋田犬が……」という一文を読んだとき、莫言の頭に新しい着想が浮かび、ただちに原稿用紙にこう書いたのだという。
「高密県東北郷原産のおとなしい白い犬は、何代かつづいたが、純血種はもう見ることが難しい」(莫言『白い犬とブランコ』日本放送出版協会)

『白い犬とブランコ』には感服した。おろしろかったし、なにより「熱さ」があった。それは、メリメの「マテオ・ファルコネ」や、ジャヤカーンタンの「誰のために哭いたのか」に通じる「熱さ」だった。
これは、すごい作家だ。もっと広く読まれるようになるといいなあ、と、それから莫言がノーベル文学賞をとらないかとひそかに応援していた。
だから、2012年に莫言が受賞したときには、感慨もひとしおだった。言論統制を敷く中共寄りの作家だとか批判もあるが、それでも10年以上ひそかに応援してきた作家だったので、なんだかわがことのようにうれしかった。
(2017年2月17日)


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