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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

2月16日・ジョン・マッケンローの天才

2017-02-16 | スポーツ
2月16日は、法華経こそ大事だと説いた日蓮聖人の誕生日(貞応元年)だが、不世出のテニス・プレイヤー、ジョン・マッケンローの誕生日でもある。

ジョン・マッケンローは、1959年、西ドイツ(当時)のヴィースバーデンで生まれた。父親は当時、米国空軍の軍人で、西ドイツの基地に赴任中だった。その後、父親は家族を連れて米国ニューヨークへもどり、広告代理店に勤務しながら、法律学校に通った。
米国で8歳からテニスをはじめたジョンは、アマチュア時代から全仏オープンの混合ダブルスを制するなど、飛び抜けた成績をあげた。スタンフォード大学に進んだが、中退してプロに転向。1979年の全米オープンで、決勝でビタス・ゲルレイティスをやぶり、20歳の若さで優勝した。
以後、シングルスとダブルス、両方で活躍するトップ・プレイヤーとして、ビヨン・ボルグ、ジミー・コナーズらとともに数々の名勝負を繰り広げ、テニスの黄金時代を作った。
とくに、1980年の全英オープン(ウィンブルドン)の決勝における、4時間近いボルグとの死闘は、スポーツ史上に残る伝説的名勝負となった。
全盛期の1984年には、年間に負けた試合がたった3試合のみ、年間勝率96.5パーセントという大記録を打ち立てた。通算獲得賞金は、1250万ドル以上。だが、マッケンローはまだまだ健在で、2006年にはSAPオープンの男子ダブルスで優勝しているし、2012年の全仏オープンでは、シニア男子ダブルスで優勝した。

マッケンローは若いころ「悪童」と呼ばれ、コート・マナーの悪さで有名だった。映画「アマデウス」で、モーツァルト役を演じた俳優トム・ハルスは、軽薄で落ち着きのないモーツァルトを演じるために、マッケンローの試合中の行動を、テレビ録画で繰り返し見て研究したという。

かつて、米ニューヨーク、フラッシングメドゥのUSオープン会場で、マッケンローの試合をコートサイドで観た。中学のころからテニスをやっているけれど、マッケンローのテニスは、テニス理論を超えていた。目が信じられなかった。
マッケンローはコートにただ突っ立って、ぶらぶら歩いている。そして、ボールがくると、いつの間にかそのそばに立っていて、手先でラケットを振りまわして、ボールをひっぱたくのだった。
テニスというのは、飛んでくるボールに対してからだを平行にして、腰を低く沈めて構え、ラケット面を合わせ、ボールを送り出してやらなくては、ちゃんとボールが返っていかない、本来そういうスポーツである。マッケンローのように突っ立ったまま無造作にひっぱたくのでは、まともに返るはずがない。ところが、彼が打ったボールはネットの上すれすれのところをものすごいスピードですべってゆき、相手側のコートの、信じられないような場所に突き刺さるのである。観ている側は、理屈など無視した、目の前で実現される奇跡を、ただただ見て感嘆し、その意外性の連続を楽しむしかない。それがマッケンローのテニスである。こんなプレイヤーはほかにいない。「天才」「芸術家」の語は、テニスにおいて「ジョン・マッケンロー」と同意である。
(2017年2月16日)


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