た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

妄想

2020年04月02日 | 断片

 色褪せた暖簾をくぐって格子戸を開けると、割烹着を来てテーブルを拭く老婆と目が合った。

 「おや、いらっしゃい」

 今まで会ったこともないのに、懐かしそうな笑顔を見せる。

 広い土間の中ほど、石油ストーブに足を投げ出せる席に腰かけた。客は自分の他には、隅っこで鍋焼きうどんをつつき合う中年夫婦が一組。口に爪楊枝をくわえて新聞を広げている肉体労働者風の男が一人。

 壁に貼られた品書きをぐるりと見渡す。

 「外は冷えとるかえ」

 老婆がお茶を差し出しながらつぶやく。

 「今夜はね」

 襟巻を外して、冷え切った両手を握りしめる。体が徐々に店内の暖かさに慣れていく。

 「何にしましょう」

 「そうだな、一本付けてもらっていいですか」

 「へえへえ」

 「それと、おでんありますか」

 「へえへえ、ありますよ」

 「じゃあおでん一皿と」

 埃を被った神棚になぜか小さな達磨が飾られているのを見上げて、不意に幸せな気分が腹の底から湧き上がってくるのを覚えながら、私は小さく微笑んで言う。

 「とりあえずはそれで」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・というような遣り取りを、早くまたしたいこの頃である。


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