た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

小雨(お勘定)

2005年10月04日 | 寄席
 私はまた寒気を感じましたね。しまったな、どうも風邪をひきそうだぞ、と思いました。大したことのない雨っていっても、案外肩の辺りがいつまでも湿ってたりするもんですからね。
 「じゃあママさんは」
 と私はここでなんか言わなきゃな、いろいろ話してくれたんだから、と思いましたよ。
 「じゃあママさんは、二十年間、この店を開いてずっと小雨の降る晩を待ってたんだ」
 ええ、と彼女は小さな声で答えました。
 「でも待ったかいがありました。ようやくあの人が戻って来てくれたんですから」
 
 びっくりしましたね、私は。慌てて周りを見回しましたが、もちろんこの店には私とママさんきりしかいません。そのとき地震が来たように全身がぐらぐらっときて、頭の中で何か殻みたいなものが割れた気がして、突然、思い出したんですよ、私は。鮮明に思い出したんです。私には二十年前、小雨の降る晩に、あの橋でふった女がいて、その女はそれから一ヶ月も経たない内に、同じあの橋から身を投げて、死んじまっていたことを。


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