年が明けた。
年末年始は仕事に忙殺されるのが習いとなった私ではあるが、それでも正月というのは何かしらおめでたく、また一方で身の引き締まる思いがするものである。ところが今年は正月早々、左胸に痛みが走った。
左胸というのはもちろん心臓のある場所である。数日様子をみたが、治らない。むしろ、ちょっと姿勢を動かしただけではっきりと痛むようになった。
考えてみれば、去年の四月から、日曜日も仕事を入れ、ほとんど無休で働いてきている。ゴールデンウィークやお盆にたまに連休をとるものの、疲れは着実に、沼の淀みのように、重々しく五体に溜まってきている。家人も、体を壊さない方がおかしいというのが最近の口癖である。さては、その通りになったか。自分の健康を過信していたが、いよいよか。母方の家系には狭心症が出ている。せめて、心筋梗塞とまではいかないで済むか。
残された人生、とよく人は言う。今の自分にとって、それはどれほどの長さなのか。
病院に行かないと私の実家に電話するとまで家人に脅され、病院嫌いの私も止むなく医者に診てもらうことにした。適当な町医者を知らないので、大病院に向かう。その日の朝は、さすがに食欲がなくて朝食に手をつけなかった。
連休明けということもあり、病院は非常に込み合っていた。心電図とX線を撮ってもらう。診療と待ち時間を合わせて四時間近く。実際には、そのうち三時間半は待ち時間だったはずである。出た結論は、筋肉痛であった。
信じがたいことに、左胸の心臓の上あたりにある筋肉が、たまたま筋肉痛を起こしていたのである。それも、医者の説明によれば、加齢と運動不足により、しばしば起こることなのだそうだ。心臓は至って正常。私は筋肉痛を診てもらうために、午前中いっぱいと三千三百円を費やしたわけである。
家人に電話で連絡したら、大爆笑された。親族中に報告して回りそうな気配である。
年明け早々、危惧された大病は避けられた。しかし、心は一向に晴れない。初詣は既に済ませたが、どこかの神社で、改めて間抜けの厄払いでもしてもらおうかと考え始めている。
年末年始は仕事に忙殺されるのが習いとなった私ではあるが、それでも正月というのは何かしらおめでたく、また一方で身の引き締まる思いがするものである。ところが今年は正月早々、左胸に痛みが走った。
左胸というのはもちろん心臓のある場所である。数日様子をみたが、治らない。むしろ、ちょっと姿勢を動かしただけではっきりと痛むようになった。
考えてみれば、去年の四月から、日曜日も仕事を入れ、ほとんど無休で働いてきている。ゴールデンウィークやお盆にたまに連休をとるものの、疲れは着実に、沼の淀みのように、重々しく五体に溜まってきている。家人も、体を壊さない方がおかしいというのが最近の口癖である。さては、その通りになったか。自分の健康を過信していたが、いよいよか。母方の家系には狭心症が出ている。せめて、心筋梗塞とまではいかないで済むか。
残された人生、とよく人は言う。今の自分にとって、それはどれほどの長さなのか。
病院に行かないと私の実家に電話するとまで家人に脅され、病院嫌いの私も止むなく医者に診てもらうことにした。適当な町医者を知らないので、大病院に向かう。その日の朝は、さすがに食欲がなくて朝食に手をつけなかった。
連休明けということもあり、病院は非常に込み合っていた。心電図とX線を撮ってもらう。診療と待ち時間を合わせて四時間近く。実際には、そのうち三時間半は待ち時間だったはずである。出た結論は、筋肉痛であった。
信じがたいことに、左胸の心臓の上あたりにある筋肉が、たまたま筋肉痛を起こしていたのである。それも、医者の説明によれば、加齢と運動不足により、しばしば起こることなのだそうだ。心臓は至って正常。私は筋肉痛を診てもらうために、午前中いっぱいと三千三百円を費やしたわけである。
家人に電話で連絡したら、大爆笑された。親族中に報告して回りそうな気配である。
年明け早々、危惧された大病は避けられた。しかし、心は一向に晴れない。初詣は既に済ませたが、どこかの神社で、改めて間抜けの厄払いでもしてもらおうかと考え始めている。
考えてみりゃ、我々が生を受けてからずっとそれこそ胎内にいるときから休まず動き続けているわけで、たまには少しくらい気遣ってやらんといけないわけだなんて感想を述べつつ、新年のご挨拶とさせて頂きます。
今年もよろしくお願いいたします。