釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

義務感を失った「エリート」のパニック

2012-03-14 19:22:53 | 文化
今日はよく晴れて青空が広がった。朝、庭の土は凍っていたが、水道はお湯をかけなくとも出てくれた。比較的低い山の斜面の雪もなくなって来た。夕方6時過ぎ三陸北方沖でM6.8の地震があり、津波注意報が出された。釜石は震度3だ。久しぶりに長めの地震だったが、家具の崩れは見られなかった。津波警報のサイレンが長く鳴り続けた。あまり気分のいい音ではない。予想津波高は0.5mだった。娘も揺れがおさまると職場の全員が一斉に帰路につき、無事に帰宅した。思ったよりショックを受けていた。道路が渋滞になり、早く海岸から離れた所へ行こうと焦っていたらしい。昨年の光景が重なったのだろう。昨年の地震で解放されなかった三陸北部沖の地震エネルギーが解放されたのかも知れない。震災からのこの1年を振り返ると政治家や官僚、財界、メディアの責任放棄とも思える醜態ぶりに、憤りを感じ、最後には諦念に至るまでになった。しかし、あらためて、何故彼らはあんな無様な姿をみせたのだろうか、と考えてみた。大衆が集団行動をとることに着目した社会心理という研究分野があるが、逆に、指導者層の行動に着目した心理行動の研究分野もあるのではないか、と考え、ネット上を調べてみた。災害が起きた際の指導者たちの行動や心理はどうなのだろう。すると「エリートパニック」なる言葉が目に付いた。この言葉をさらに調べてみると、どうやら原典は2008年12月に米国のノース・キャロライナ大学出版の「Project MUSE」という雑誌に掲載された災害社会学者であるラトガー大学のリー・クラーク教授とカロン・チェス教授の共著になる論文「Elites and Panic: More to Fear than Fear Itself」のようだ。エリートEliteという言葉はフランス語から来ており、社会や組織の指導者、支配者を示し、ノブレス・オブリージュnoblesse obligeを心得ていなければならない。つまり、エリートは社会的義務感を持ってはじめて、エリートたり得る。教授らが過去50年間の災害を調べてみるとよく言われる「災害時には人々がパニックになる」事実はほとんど見付け出せなかった。むしろ、エリートが、大衆がパニックになることを恐れ、エリート自身がパニックになり、自らパニックを社会にもたらす姿が浮かび上がって来た。米国で起きた1979年スリーマイル原発事故、1994年のロサンジェルス(ノースリッジ)地震、2001年9.11テロ、2005年ハリケーン・カトリーナなどで指導者たちのそうした姿が露になった。クラーク教授はエリートがパニックになることは大衆がパニックになることよりも重大だと言う。彼らには権力があり、より大きな影響を与え、情報資源を自由に操れるからだ。「エリートパニック」という言葉を最初に使ったコロラド大学のキャスリン・ ティアニー教授は「エリートパニック」とは 「社会的混乱に対する恐怖、貧乏人やマイノリティや移民に対する恐怖、 火事場泥棒や窃盗に対する強迫観念、すぐに致死的手段に訴える性向、 噂をもとに起こすアクション」などと説明している。しかし、何故エリートは災害時にパニックになるのだろう。『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか』の著者レベッカ ソルニット氏はダイヤモンド社のインタビューで「われわれの社会制度は競争や利己主義に基づいて作られているので、競争心や利己心の強い人間が成功して、社会のトップに上り詰めるようになっている。彼らの目から見ると、世界全体が競争社会だ。だから、災害時には略奪のような事件が起こると恐れ、その恐怖に駆られた過剰反応からパニックを起こす。」と述べている。弱肉強食の原則で社会が動いていると考える目からは、災害時には民衆が暴動などのパニックを起こすと思われるということのようだ。映画もヒーローを主人公とするため民衆のパニックを描く必要があり、そうした映画もエリートの意識に影響している、とも語っている。オハイオ州立大学で創設され、後にデラウェア大学に移管された災害研究センターの創設者である災害社会学者エンリコ・L・クアランテリ教授は災害時の市民の行動を700例以上の災害で調査した結果、やはり、市民がパニックを引き起こすような事例はなかった。今回の震災で日本国民を異常なまでに賞賛した海外メディアもメディア自体に大衆のパニックが既成概念として刷り込まれていた可能性があるのだろう。
降雪と寒さで傷付きながらも春の日射しを受けて成長する椿の葉と蕾

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2 コメント

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Unknown (wombat)
2012-03-15 17:39:32
いつも楽しく読んでいます。
さて、今回ご紹介くださっている「エリートパニック」という概念は大変興味深いものです。
ありがとうございました。
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wombatさんへ (管理人)
2012-03-16 07:52:07
私もこの概念に新鮮みを感じ興味を持ちました。米国という国の政治や経済運営は決して納得できるものではありませんが、さすがに大国であり、多くの移民を受け入れて来ただけあって、多様な視点を持つ学問分野が生まれ、また、多様な研究者を生み出しています。いつもお読みいただきありがとうございます。
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